11話 理由
キージュが「そこで待ってて!」と村はずれの空き地を指さした。キヤメはルシェを慎重に下ろし、横たわった丸太に座らせた。
「ありがとうございます…。不甲斐ないですね…。攻撃魔法のひとつでも覚えておけば良かったのですが…。」
「急にイノシシが突進してきたら、そりゃ誰でも動けなくなるって。気絶しなかっただけマシだ。気にしない気にしない。それと、ルシェの魔法って、あの光のやつしか見たことないけどどんな魔法を使えるんだ?」
「おばあ様のために医療に関する魔導書を家の権力でかき集めて読みまくったので、治癒系の魔法が得意です。あとはあの光みたいなちっちゃい魔法を少々ですね。医療なら、そこらのへんの医者には負けませんよ。」
「それは助かる。俺が戦うから、ルシェは俺が怪我したら治してくれよな。できれば、ルシェ自身はかすり傷ひとつ残さないように自分を治療してくれ!!俺のために!」
「任せてください!」
ルシェは自身の薄い胸を叩いた、
「いたいた。ジュース買ってきたわよ。ほら、これあげる。」
キージュは2人に大きな木の実の中に赤色の液体が入ったものを差し出した。
「このようなジュースは初めて見ました。何味ですか?」
ルシェは目を輝かせてキージュに尋ねる。
「これはね、ドッバ村特産の甘みが強い桃と程よい酸味が美味しいりんごのミックスジュースなの!飲んで飲んで!」
「いただきまーす!!」
ルシェは貴族のマナーはどこへやら、勢いよく木の実に口をつけ傾けた。
「美味しー!!キヤメ、これ美味しいですよ!飲まないんですか!?」
「飲んでるよ。甘酸っぱくていいなこれ。元気になる。なんかよくわかんないけど、懐かしい気分だ。」
「喜んでもらえてよかった。ルシェはいい顔をして飲むのね。何度も飲んだことがあるあたしでさえ、飲みたくなっちゃうもの。」
キージュはルシェの隣に腰掛け、ジュースを飲み始めた。
「だってこんなに美味しいんですもの!ここまで美味しい飲み物は初めてです!これを何度も飲んだなんて羨ましいなぁ。」
「実は、久々に飲んだの、これ。最後に飲んだのは、兄貴と一緒だったかな。」
「昨日私たちが寝た部屋もお兄さんのものなのですよね。お兄様は今どこに?」
「死んだ。ちょうど1年前くらいかな。」
「「え」」
キージュは俯く。ルシェとキヤメは先程までの会話との落差に黙ることしかできなかった。
「ごめんね。突然こんな話して。本当に申し訳ないけど、少し吐き出させて欲しいの。あなた達は良い人だし、もうすぐここから居なくなっちゃうだろうから、あたしの変な話を聞いても、秘密にしてくれるかなって。」
キージュは震える腕を抑えつけながら喋る。
ルシェは震えるキージュの手を握った。
「大丈夫ですよ。全て秘密にしますから。創造神様に誓います。もしかして、近接の戦闘が苦手なのと関連しているのですか?」
ルシェの質問にキージュはこくりと頷く。
「トラウマがね、あるの。あたしの兄貴が、あたしの目の前で怪物に食われた。あたしの代わりにね。それから、目の前に敵がいると、怖くて何も出来なくなるの。例え武器が手元にあったとしてもよ。」
ルシェは口元を手で覆うようにしたまま絶句した。自分の兄が目の前で食われたらと想像してしまったのだった。
「近接戦闘は無理でも、兄貴を食った怪物をこの手で討ち取りたい、って父さんに伝えたら、弓を使うのはどうだろうって提案してくれたの。それからあたしはずっと弓の腕を磨き続けた。今となっては、百発当てなくても、一撃で必殺できるようになったのよ?すごいでしょう?」
キージュは寂しそうに笑う。
「もしかして、さっきのイノシシの件は俺たちの腕を試したかったんじゃなくて、急にイノシシと遭遇してしまったから俺たちに試練だとか言って離れたのか?」
「あれ、気づいちゃった?そうだよ。本当にごめんね。だから『弱虫キージュ』なんて言われちゃうんだよね。」
「先程から気になっていたのですが、『弱虫キージュ』って、あまりにも幼稚な煽り文句じゃないですか?もう子供と呼ぶにはおこがましい年齢じゃないかと思うんですけど…。」
「ルシェって大人っぽいわね。私の知ってるあなたぐらいの歳の子は、まだ羽も生え揃ってないガキよ。貴族と庶民の違いってやつかな。」
ルシェは意味がわからなかったようでぽかんと首を傾げた。察したキヤメは助け舟を出す。
「あの…、キージュ。ルシェはこう見えて16歳の立派な淑女なんだ…。」
「え!?同い年!?嘘よ!だってあたしより頭ひとつ分ぐらい小さいのよ!?」
ルシェはようやく話の内容がわかったようで呆れだす。
「キージュもですか…。私は16歳の立派な大人ですよ。からかわないでくださいな!」
キージュは咳払いをして再び真剣な顔に戻る。
「えっと、ごめん話を戻すね。『弱虫キージュ』って名付けたの、あいつらじゃないんだよね。兄貴なの。だから、弱虫弱虫って悪口を言ってるんじゃなくて、もうあたしの代名詞になっちゃってるんだよね。不名誉だけど。」
「お兄さん、どんな人だったんだ?」
「んーとね、あたしよりも3歳年上で、なのに子供っぽかったわ。村の中で1番勇敢で、1番強かった。あたしは昔からびびりで虫にも怯えてたから、兄貴は虫より弱い弱虫キージュって呼んだの。」
キージュはもう更新されることの無い兄の顔を思い出し涙ぐんだ。
「ドッバの森では火を使ってはならない。この規則ができたのは兄貴とあたしが襲われてからなのよ。」
キージュは目を乱暴に拭い、そした怒りの火を灯した。
「あたしと兄貴は偵察部隊の一員で、夜に森を警備してたの。鳥の民は夜目がきくけど、あたしは防虫対策で松明を持ってた。そしたら体が泥でできていて、真っ黒な口がぽっかり空いてるような怪物が変な呻き声を上げながら近づいてきたの。
」
キージュの腕が震える。赤くなった目からは大粒の涙が落ち、キージュの足を濡らした
「あたしと兄貴は持っていた武器で応戦しようとしたんだけど、いくら剣を当ててもするする抜けてってさ。全く相手にならなかったわ。そして、怪物があたしを捕まえた。泥に取り込まれそうになったの。そんなあたしを兄貴は無理やり引き出して、あたしが持っていた松明を奪い取って怪物を燃やそうとした。「逃げろ!」ってあたしに叫びながらね。そしたら怪物はものすごい勢いで兄貴に飛びかかって、取り込んだ。あたしが最後に見た、兄貴の姿は、苦しそうに蹲ってて…。」
キージュの言葉は事切れた。ルシェは自身も涙ぐみながら、キージュの背中をさすりつづける。
キージュの声は震えながら、再び言葉をつむぎ始めた。
「怪物は、火の元に近づいてくる。火の近くには人がいるからね。それで何人か兄貴のように命を奪われたわ。だからドッバの森では火を使ってはいけないし、1人にもなってはいけない。ドッバ村の人々は夜に明かりもつけない。あたし達はその怪物を、「ヒニル様」って呼んでる。」
「そのヒニル様は、昼には姿を現さないのか?」
黙って話を聞いていたキヤメは問う。
「昼の目撃情報は今のところ無いわ。2人も、ドッバの森を抜ける時は気を付けてね。なんなら、あたしが森を抜けるまでついてやってもいいわよ。」
キージュはまたゴシゴシと目を拭き、すっくと立ち上がった。
「あー!スッキリした。2人とも、ありがとね。家族にも、村の人にも話せなかったからさ。話せるような仲だった兄貴はもういないし…。いい加減、弱虫キージュは卒業したいわね。さっ、いい時間だし帰ろっか!」
キージュは眩しくニカッと笑う。ルシェはまだ涙を浮かべながら黙ってキージュに抱きついた。
キヤメは黙々と何かを思考しながら帰路につくルシェについて行った。