96_脱力
「ちょっとストップ。こないだ君津で十兵衛爺ちゃんの突きも受けたでしょ。十兵衛爺ちゃんと比べると、美澪の方が突きのスピードは間違いなくあると思うんだ。だけど、威力は十兵衛爺ちゃんの方があるんだ。美澪よりも十兵衛爺ちゃんの方が少しだけ体重はありそうだから、その影響もあるとは思うんだけど、威力の差はそんな体重の差程度ではなくて、もっとずっと大きいんだよね。君津で十兵衛爺ちゃんの突きを受けてる時にじっくり十兵衛爺ちゃんを見てたんだけどさ、十兵衛爺ちゃんが突きを打つ時って、後ろに置いた足の裏で「気」のようなエネルギーが爆発したみたいに発生するんだ。妖気とかじゃないやつ。おそらく中国拳法なんかで言う「徑」ってやつなんじゃないかと思うんだけどさ。後ろ側の足の裏と地面の間で発生したそれが、体の中を真っすぐ通って拳と一緒に撃ち出されてたんだけど、今の美澪の突きを見てると、十兵衛爺ちゃんみたいな、そういうエネルギーが発生してないんだよね。」
「君津で稽古してる時に、いつも爺ちゃんから”まだまだだな”とか”出来ておらん”とか言われてたんだけど、何が駄目なのかわからない。」
「そうなんだよね。あれ、どうやってるんだろう。とにかくまずは後ろ側の足の裏で、その「気」のようなエネルギーを発生させないと駄目なはずなんだ。だから、ちょっと後ろ側の足の裏を意識して突きを打ってみてもらっていい?」
「わかった。 ふんっ、 ふんっ、 ふんっ…」
再度美澪が琥太郎の腹に突きを打つ。琥太郎に言われたとおり、後ろ側の足を意識しているようで、先ほどよりも後ろ側の足に力が入っているのがわかる。
「美澪、ストップ。駄目だ。やっぱりうまくいかないなぁ。」
美澪と突きの練習を始めたのはいいものの、どうすれば上手くいくかが琥太郎にもわからない。
「美澪は十兵衛爺ちゃんから何か言われてた事ある?」
「爺ちゃんからは、いつも力を抜けとかリラックスして突けとかって言われてた。」
確かに十兵衛爺ちゃんが突きを打つ際は、無駄な力が入っている感じがしなかった。力を抜いた自然体から、突きの瞬間だけ強い力が入っているような感じだ。
「じゃあさ、今度は十兵衛爺ちゃんに言われてた事を出来るだけ意識してやってみてもらえる?」
「うん。 ふぅ~…… ふんっ… ふんっ… ふんっ…」
美澪が大きく深呼吸しながらゆっくり脱力をする。それから琥太郎に向けて突きを打ってきた。すると、美澪の後ろ側の足の裏で、美澪が突きを放とうとする瞬間に一瞬だけモヤっと薄く光るように「気」のような何かが発生し始めた。
「おっ、美澪、なんだか出来始めたよ、それだよそれ! まだまだなんだけど、さっきまでは何も発生してなかったのが、今はほんのちょっとだけ、うっすらと「気」のようなエネルギーが発生するのが見える。」
琥太郎がそう美澪に伝えると、美澪に欲が出てしまったのか、僅かに力んでしまいまた何も足の裏に発生しなくなってしまった。
「あれっ、また出なくなっちゃった。美澪、またちょっと力んできちゃったんじゃない。」
「ん~、難しい。」
ここで美澪がいったん突きをストップした。
「そうなんだよね。力を入れるのって結構簡単に出来るけど、力を抜くのって難しいよね。」
琥太郎の場合、武術は小学校入学前に十兵衛爺ちゃんの道場でしか稽古していなかったが、その後母親の勧めで水泳を始めた。この水泳の練習の際に、脱力だの力を抜けだのといった事をさんざん指摘された。その後、トライアスロンのために始めたランニングの時にもそうだ。力を入れるのは意識すればすぐに出来るが、力を抜けと言われると、これがなかなかすぐに出来るものでないという事を琥太郎も経験済みだ。
「ちょっとさ、力を抜く足の感覚だけ練習してみようか。」
「どうしたらいい?」
「そうだね…、昔ランニングを教わってた時にやらされた事があるんだけどさ、取り合えずリラックスして立ってもらえる?」
「こんな感じ?」




