74_蛟(みずち)
突然の美澪の問いに、琥太郎も風音さんも驚いて滝井さんを見た。人を乗せて飛ぶなんて事が出来るのだろうか。
「ごめんなさい。私には無理です。確かに、ご先祖様の中には、いわゆる龍と呼ばれるような存在もいましたが、それは特別です。むしろ私は蛟の中でも妖力が弱くて、人を乗せるどころか、自分一人で短時間、ほんのちょっと浮く程度で精いっぱいです。何十年も前に、国内のカルト教団の教祖様が空中浮遊している映像がテレビで流れたりしてましたけど、あの方より、もう少し長く浮いていられる程度です。だけど、ご先祖様を龍と言い表すなら、私はその辺の毒すら持たない小さなナミヘビ位の差があります。」
琥太郎は一瞬、龍の背に乗って空を駆ける姿を想像してときめいてしまったが、さすがにそういうのは無理らしい。
「そうなると、やっぱり週末かぁ。風音さんは今度の土曜日って大丈夫?」
「はい、今週末は特に予定はないので、問題ないです。」
「よかった。週末まで待ってるあいだなんだけど、今日のうちに形代に呪いの対象を移しちゃった方がいい?」
「ごめんなさい。それはやめときます。琥太郎先輩の力を借りて、一時的に呪いの対象を形代に移す事は出来ると思うんですけど、それをいつまで保てるかがわからない上に、さっきも話した通り、あくまでも人を対象に研究されてる術なので、滝井さんがそばにいない状況で何かするのはやめておいた方が良いと思います。」
「見た感じだと、流れてきてる邪悪な感じの霊気は、今はほぼ全て石の方に流れていってるから、とりあえずその石さえ近くに置いておけば大丈夫だと思うんだけど…、滝井さんは、昨日から石を身近に置くようにしてもらってましたけど、何か変わったりしました?」
「はい、一昨日までは自宅で夜に寝ていてもうなされて、すごく疲れた感じがしてましたけど、昨晩はなんだか久しぶりにぐっすり眠れました。琥太郎さんの言うとおり、この石を近くに置いておくだけでかなり違うみたいです。」
「それじゃあ、週末までは取り合えずこのまま様子をみておきましょうか。もしも急に調子悪くなったりしたら、遠慮なく連絡してくださいね。何が出来るかはわからないですけど、少なくとも飛んできている霊気を滝井さんから遠ざけるくらいなら出来ますから。」
「琥太郎さん、それと風音さんと美澪さんも、本当にどうもありがとうございます。」
「滝井さんは土曜日どうします?」
「私の事なので、出来ればご一緒させていただいてもいいですか。」
「もちろんですよ。だけどお店は大丈夫なんですか。」
「はい、割と直前なのでちょっと怒られちゃうかもしれないけど、お休みにさせてもらいます。」
今は呪いをかけてるのが誰か判らない状態なので、滝井さんにも来てもらって犯人が判るならその方が良いだろう。
土曜日の朝の待ち合わせを決めて、この日は解散となった。
「自分でも言ってたけど、あの蛟は弱そう。琥太郎達が話してる間観察してたけど、強い妖から感じるような気配が全く無かった。」
自宅へ帰る途中で、美澪が滝井さんの事について話してきた。
「蛟って本来は強い妖なの?」
「う~ん…、私は会った事がないけど、物凄く強い蛟もいる。だけど、鬼なんかと一緒で強さに関しては個体差が大きいみたい。」
鬼と一緒と言われると、琥太郎もなんとなくイメージしやすかった。先日琥太郎が模擬戦を行った酒呑童子の酌威さんも鬼に該当すると思うのだが、その前に街中で会った、同じ花園組のアカとアオとでは、同じ種族とは思えない程に力の差があった。滝井さんがご先祖様と自分の事を、龍とナミヘビに例えていたが、美澪が言うように、蛟はそういう妖なのだろう。
「週末に蛟を一緒に連れていって、もしも呪いをかけてる相手が陰陽師なんかだった場合には、あの蛟は簡単に祓われる可能性がある。」
「そうだね。たしかに相手がわからない以上、気を付けておかなきゃいけないね。ありがとう美澪。相手が確認出来るまで、滝井さんは相手から見られないようにしといた方が良さそうだね。」
これは確かに美澪の言うとおりだ。相手が誰であれ、滝井さんを祓わせたりなんか絶対にさせない。もちろん美澪の事もだ。あらためて琥太郎は気を引き締めた。




