62_心境の変化
外で歩きながら食べる焼き鳥は、お店で食べるのともまた違い、なんともいえない美味しさがあるように思う。異世界物のラノベでも、冒険者が街で串肉を買って食べるシーンが本当によく出てくるが、そういうのもベースにはこうした焼き鳥の食べ歩きのイメージがあるのかもしれない。生鮮ストアから十兵衛爺ちゃんの家まではそれなりに距離もあったのだが、焼き鳥のおかげか帰り道は割と短く感じられた。
「夕方も稽古にちょっと顔を出す事になるだろうから、もう一休みしときたいなぁ。」
「午前中も寝てたのに、琥太郎は休んでばっかりじゃない?」
「いやいやいやいや、この連休はめちゃめちゃ運動してるよ。もうすでに筋肉痛になってきてるし。」
「もお~、やっぱり琥太郎は東京でも、もうちょっと体を鍛えなきゃダメ!」
琥太郎に休み過ぎだと言う美澪だが、琥太郎が美澪の布団で横になると、美澪も小さな虎の姿になって一緒にゴロゴロしていた。
琥太郎が、また少し眠くなってきたなと思い始めたところで、十兵衛爺ちゃんが帰ってきた。見ると、結構な量の厚揚げや豆腐、がんもどきなどを持っている。どうやら爺ちゃんも、また今夜宴会になるのは判っているようだ。
「ほれ、そろそろ夕方の稽古の時間じゃぞ。」
「爺ちゃん、今朝体が痛そうだったけど、爺ちゃんも稽古するの?」
「ふむ、もう大丈夫だとは思うが、念のため今日は子供達を見るだけにしておくかのう。」
「さっき湿布薬買ってきたから貼ってあげるよ。」
爺ちゃんの背中や腰に湿布薬を貼ってあげてから、琥太郎達は3人で道場に向かった。
道場には、既に直七、豆吉、小春が到着していた。琥太郎達が道場に入ると、3人とも琥太郎の事を道場の隅から目で追っている。昨日は人間の琥太郎相手に、ちょっと見下す感じがあった3人だが、今日の彼らの視線からは、憧憬の念すら感じさせるものに変わっていた。昨日、実際に手合わせをして、更には酒呑童子やぬらりひょんとの事を聞いた事で、琥太郎に対する感情がすっかり変化したようだ。
最初に軽く型の稽古をしてから、突きや蹴りの打ち込み稽古、その後に組手となった。
「お願いしますっ!」
琥太郎は今日も子供達相手に組手を行うのだが、子供達の態度が昨日とはガラリと変わっている。対峙して礼の時に、皆元気よく挨拶してくる。
「「……これはこれで、ちょっとやりにくいなぁ…」」
何でも有りの模擬戦であればともかく、純粋な武術の腕前となると、所詮琥太郎は素人に毛が生えた程度の実力だ。それなのに、こんな憧憬の念すら浮かべた瞳で向かってこられたのでは、どうにも気まずい。
ちょっと居心地の悪さを感じつつも、琥太郎が子供達3人とそれぞれ組手を終えたところで美澪が近づいてきた。
「今日は私も琥太郎と組手する。」
子供相手とはいえ琥太郎が組手や模擬戦をしているのを見ていて、美澪もかなりムズムズしていたようだ。
「えっ、マジか。」
「うわぁ、私も見たい!」
「よし、じゃあ俺が合図出していいか?」
美澪の言葉を聞いて、子供達もノリノリだ。
とても逃げ切れる雰囲気では無さそうな事もあり、琥太郎も素直に応じる事にした。
「始め!」
直七の合図で組手が始まる。
美澪はその場で構えを崩さず動かない。そこで、琥太郎が左手でジャブのように軽く突きを出してから、大きく踏み込んで右の中段突きを繰り出そうとする。しかし、踏み込んだ琥太郎の足の内側には、美澪の下段回し蹴りが瞬時に決まってしまう。最低限の「気」の防御をしているので痛みはそれ程でもないとはいえ、琥太郎は美澪に簡単に転ばされてしまった。
琥太郎が起き上がって体についた砂を払い再び構えると、今度は美澪が大きく踏み込んで中段突きを繰り出してきた。ステップバックしながら払い受けでこの突きを流すと、すかさず下段蹴りが飛んでくる。これもかろうじて受け流し踏ん張ったところで、反対からの下段回し蹴りが決まった。琥太郎は再びあっけなく美澪に転ばされてしまう。
「「……なんかちょっとムカつく…」」




