60_ムキ
足を肩幅に開いて真っすぐに立っている琥太郎の正面に、十兵衛爺ちゃんが来て構えた。左足を前にして立ち、左手は軽くこちらに伸ばして、右拳を腰の位置に引いた。
「よいか。いくぞ。」
「はい。」
「はっ!」
ドスッ
琥太郎の腹に十兵衛爺ちゃんの右の突きが刺さる。
琥太郎は、その突きを弾いたり流したりはせず、身に纏った自身の「気」でしっかりと受け止める。
「はっ!」
ドスッ
僅かに一呼吸おいてから、十兵衛爺ちゃんが今度は左の突きを打った。爺ちゃんはこれを左右交互に繰り返しながら、琥太郎の腹へと突きを打ち続ける。
受ける琥太郎は、「気」の防御を調節しながら、爺ちゃんの突きの感触をしっかりと味わうかのように確かめた。同時に「気」の感覚を研ぎ澄まし、爺ちゃんの身体の中で流れる「気」の動きをしっかりと見て感じ取る。
「ふぅ~」
最終的に、計10発の突きを打ったところで、十兵衛爺ちゃんは長く息を吐いて構えを解いた。
「なるほど…」
琥太郎が何かを考え込むように、じっと地面を見つめて、一人で小さく何度も頷いている。
「どうじゃ琥太郎、何か収穫はあったのか?」
「えっ、あっ、ごめん爺ちゃん。ちょっといろいろ考え事をしちゃった。ありがとう。やっぱり爺ちゃんの突きは凄いね。こんなにしっかりと見て感じさせてもらったのは初めてだけど、今の突きは本当に凄いと思った。」
「はぁ…、まったく…。何が凄いじゃ。今のは儂も本気で打っとったんじゃぞ。それがお主にはちっとも効いておらんじゃないか。こうも平然とされてしまっては流石にちょっといじけるぞ。」
十兵衛爺ちゃんが、僅かに肩を落としている。あれだけの突きを、あまりにも平然と琥太郎に受け続けられたのが本当にちょっとショックだったらしい。
「さて、そろそろお開きにして、引き上げるとするか。」
「うん、十兵衛爺ちゃん。ありがとうございました。」
十兵衛爺ちゃんの家に帰ると、美澪が簡単に朝食の用意をしてくれた。これも十兵衛爺ちゃんの家の普段のルーティンのようである。
朝食が終わると、十兵衛爺ちゃんが立ち上がる際に「あいたたた」と漏らしていた。
「ちょっと、爺ちゃん、やっぱり今朝の、結構無理してたんじゃん。大丈夫なの?」
「お主のう、そりゃあ本気の突きを、あれだけ平然と受けられ続けたのでは、ちっとは効かせてやろうとムキにもなるってもんじゃぞ。多少は無理もしてしまうわい。」
「なんか本当ごめんなさい。」
その後、琥太郎は美澪と二人で十兵衛爺ちゃんの肩や腰をマッサージした。ついでに琥太郎は、家の中や周囲に漂っていた爺ちゃんの妖気を爺ちゃんの身体の中に戻しておく。希薄な妖気ではあったが、気休め程度にはなるだろう。それに幸いにも爺ちゃんの痛みは一時的なものだったようで、深刻な怪我などでは無さそうだ。
「なんか十兵衛爺ちゃんには無理させちゃったみたいで、ちょっと悪い事したかなぁ。だけど、十兵衛爺ちゃんのあの突きは本当に凄かったなぁ。」
「爺ちゃんがあんなに本気になってるの、本当~~に久しぶりに見た。だけど、あの位じゃ爺ちゃんは全然大丈夫だよ。」
流石に十兵衛爺ちゃんも疲れていたようで、琥太郎達からマッサージをうけた後は、そのまま居間で寝てしまった。
美澪がそんな爺ちゃんに、大判のタオルをかけてあげている。
「琥太郎、私もまた眠くなってきた。」
「そうだね、昨日は夜遅かったし、俺達も一休みしようか。」
再び小さな虎の姿になって、自分の布団の上で丸くなった美澪の横で琥太郎も横になる。すると美澪はいつものように琥太郎の腕の間に入ってきて、すぐに寝てしまった。
「ふぅ~」
琥太郎が腕の間にいる美澪のお腹の毛を指先で撫でながら、天井を見て長く息を吐いた。
「「……今朝の爺ちゃんの突き、凄かったなぁ。受ける感触も全然違うんだよなぁ。」」




