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58_朝稽古

 振り返ろうとした頭を全身に力を入れて踏ん張って止める。おかげで、ほんの僅かに琥太郎の身体がビクッとなった。

 同時に琥太郎の右脇をすり抜けて階段を駆け上がっていったのは神気を纏った狐だった。


「「……何も見えてません、何も見えてません…」」


 琥太郎は平静を装いつつ、手を合わせてお参りしている風に目を閉じる。すると階段の上まで駆け上がった狐は、一瞬琥太郎の方をチラリと振り返ったようだが、すぐに右側の狐の像に溶け込むかのように入っていった。それと同時に気配も無くなった。そこで琥太郎も、あくまでも普通にお参りしてましたといった風に、最後の一礼をしてその場を離れた。


「「……ふぅ、危ない危ない。まさか神様とか神様の眷属に、今のが見えてたの気づかれてないよね…」」


 琥太郎は封印を施されるよりも前から幼心に、神様には敬意を払い、お参りとかもするものの、直接は関わらないようにしようと決めていた。神様が見えたり話せたりする事で、万が一神様と直接関わってしまってりしたら絶対に面倒ごとがありそうな気がしたからだ。神様に対しては、あくまでも世間一般の普通の人間と同じ付き合い方をする。その考えは大人になって再び神様が見えるようになった今も変わっていない。


「「……結局さっきはちゃんとお礼のお参りも出来てないから、一応ここからでもお礼だけ言っとくか…。」」


 琥太郎は祠から50m程離れた場所で祠の方に向き直ると、もう一度祠に向かって手を合わせた。


「「……神様いつもありがとうございます。そして今日は、再び睡蓮堰の里のみんなにも会って話をする事が出来ました。本当にどうもありがとうございました。…」」


 一応心の中で神様に感謝の気持ちを伝えてから、十兵衛爺ちゃんの家へと向かった。


「「……あれっ、だけど今のお礼だと、俺が妖とか見えてるのが伝わっちゃうって事になるのか?まあ、神様を見えてるって事になってなきゃいいか。っていうか、きっと神様も一人一人のお参りの内容までは、きっと細かく聞いてなんかいないよね。…」」




 琥太郎が十兵衛爺ちゃんの家に戻り、小さな虎の姿で丸まっていた美澪の布団に入ると、既にウトウトしていた美澪が琥太郎の腕の間にもぞもぞと入ってきた。深夜に湧き水を浴びた上に、その後もしばらく外で涼んで体が冷えていた琥太郎には、もふもふの美澪が心地よく、琥太郎もすぐに寝てしまった。

 翌朝は、琥太郎も美澪も十兵衛爺ちゃんの声で起こされた。


「なんじゃお主ら、まだ寝とるのか。儂はこれから道場で軽く体を動かしてくるが、せっかくだからお主らも付き合わんか。」

「ん~、えっ、あっ、うん、行きます。」

「えぇ~、ん~、じゃあ私も行く。」


 慌てて飛び起きた琥太郎が、簡単に着替えて十兵衛爺ちゃんについていく。さらに人の見た目に戻った美澪も、少し遅れてついてきた。十兵衛爺ちゃんは、毎朝道場で軽く型の稽古をするのが日課らしい。

 道場の正面で型の動作を開始した爺ちゃんの、少し離れた向かいに琥太郎と美澪も立ち、爺ちゃんと同じ型の動作を始めた。昨晩のお酒が軽く残ってはいるものの、まだ朝で涼しい秋の空気が心地良い。

 爺ちゃんは、見た目は完全にお爺さんであるにも関わらず、流石に型の動作は美しく切れがある。琥太郎の横で一緒に型を行っている美澪も、顔はまだ少し眠そうではあるものの、その動きは洗練されていて美しい。琥太郎の、どこかちょっともっさりとした型の動作とは明らかに違っている。


「「……美澪も流石だなぁ。模擬戦の体術で圧倒されるのも当然か…」」


 その後、15分ほど型の稽古を続けたところで、いったん一区切りとなった。


「どうじゃ琥太郎、久しぶりにちょっと組手でもしてみんか。」

「えっ、本当?やりたいやりたい!懐かしいなぁ。」


 爺ちゃんが誘ってくれてるのは、基本的には「気」の操作などは駆使しない、純粋な武道の組手だ。子供の頃は、道場で子供達相手に爺ちゃんが、よくこうした指導組手をおこなってくれていた。爺ちゃんが組手の相手をしながら、動きや対応を都度指摘してくれるのだ。琥太郎はあまり痛いのは嫌なので、打撃などに対する防御の「気」の操作は軽く使わせてもらいつつも、基本的には自らの身体能力を主体にしながら、よくこの爺ちゃんの指導組手を受けていた。


「爺ちゃんと琥太郎の組手、見たい。」


 美澪もなんだか楽しそうである。


「では美澪が始めの合図を出してくれるか。」


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