170_何か対策を
模擬戦終了後は軽く曖然親分達と話をして、特にどこかに立ち寄ったりもせずに琥太郎達はまっすぐ帰宅した。少なからず消耗しているであろう美澪を気遣ったのだが美澪本人はもう大丈夫だと言って、早くも練習に行きたがっていた。酌威との模擬戦で力量差を感じ、更にその後の琥太郎と曖然親分の模擬戦を観戦した事で強く刺激を受けたようだ。しかし、曖然親分やエニシから、怪我は治っても体力は消耗していると聞かされていたので、琥太郎と流伽が美澪を説得して美澪もしぶしぶ今日は休む事になった。
「ねえ美澪、怪我の療養も兼ねてさ、明日にでも久しぶりに滝井さんマッサージに行かない? 俺も疲れちゃったからマッサージしてもらいたいし。」
「もう、琥太郎は軟弱すぎ! たった1試合模擬戦をしただけでしょ。」
「いやいや、たった1試合っていうけど、曖然親分とだよ! あの人、っていうか人じゃないけど、めちゃめちゃ強かったんだよ。」
琥太郎にとっては、曖然親分は妖相手の模擬戦で初めて苦戦したといってもいい相手だった。美澪のたった1試合という言葉には強く反応してしまう。
「う~ん、だけど確かに私も、ちゃんと体のメンテナンスをした方が効率もいいのかな。うん、じゃあ明日は私も行く。だけど、昼間は軽く練習しておくからね。」
やはり美澪も、大丈夫とは言いつつ本調子ではないと感じているようだ。それでも練習に行きたがるアクティブさや強さを求める姿勢には頭が下がる。
「ねえ琥太郎…」
琥太郎が美澪とそんなやり取りをしていると、流伽も琥太郎に話しかけてきた。
「私は明日、歌舞伎町の綾乃さんのお店に行ってきてもいい? 綾乃さんに誘ってもらったお店のお手伝いのお話なんだけど、お願いしようかと思ってるんだ。」
「えっ、流伽、ついに行く事に決めたんだ! もちろん行くのは全然構わないよ。だけど、1人で大丈夫?」
「うん、別に1人でも問題ないと思う。もちろんお店までの行き方は知ってるし、普通の人の行き方だけじゃなくて、霊になったから出来る方法もいろいろあるしね。」
「明日もだけど、もしも綾乃さんのお店で働く事になったら、夕飯は一緒に食べれないと思うんだ。なるべく夕飯の支度はしておくようにするけどごめんね。」
「そんなの構わないってば。流伽の美味しいご飯が食べれなくなったらそれはとっても残念だけど、それよりも流伽の負担にならないようにしてね。お店の方も、最初のうちはなるべく無理のないペースにしてもらうんだよ。」
「うん、ありがとう。」
もともと引きこもりがちだったという流伽だ。しかも、死後はほぼ完全に部屋の中だけで過ごしていたようだ。それがいきなり接客業というのは琥太郎も少し心配ではあった。最初は無理せずリハビリをかねて、のんびりしたペースが良いだろう。
翌日の日曜日、琥太郎は昨晩のうちに滝井さんのお店には電話をして、夕方6時から2人分の予約を入れておいた。
そして朝からさっそく自主練に出かけた美澪には、遅くとも夕方5時半位までには帰ってくるように伝えておいた。
朝食の後、流伽も押し入れに戻っていってしまったので、部屋に一人となった琥太郎は思う存分ベッドでゴロゴロして過ごす事にする。
「「……なんだかこんなにのんびり休日を過ごすのも久しぶりだなぁ……」
しばらくはベッドでゴロゴロしながらスマホで動画を見ていたが、ふとした瞬間に昨日の曖然親分との模擬戦の事が琥太郎の頭によぎる。
昨日の模擬戦では、琥太郎が全く気付かないうちに曖然親分の攻撃を何度か受けてしまっていた。美澪や酌威との模擬戦でも、相手の技を捌ききれずに攻撃を受けてしまう事はもちろんある。しかし、美澪や酌威の攻撃を受けた際には、しっかりと琥太郎の「気」の防御が働き、それほどその攻撃に脅威を感じる事は無かった。それが曖然親分の攻撃を受けた際は、「気」の防御ごしでもその刃の鋭さを感じるほどに危うい感じがした。それは威力の差というよりも、あらゆる「気」を静かに抑え消し去った曖然親分の攻撃に、琥太郎の「気」の防御が反応するのが遅れ、更に攻撃への抵抗力も普段ほど発揮されなかった為だ。更に、「気」の防御の件だけでなく、曖然親分を攻撃しようにも、曖然親分自体があらゆる「気」をほとんど纏っていなかったので、いつものように相手の「気」を利用して攻撃したり相手をコントロールしたりする事が出来なかった。
「「……何か対策を考えたいなぁ…。更に「気」を抑え込んで消し去った攻撃を受けたりしたら、いよいよヤバそうだし、こっちからの攻撃手段も限られちゃってたからなぁ…」」