167_相性
姿が見えなくなり、存在を見失ってしまった曖然親分を警戒し、琥太郎は「気」を感じ取る感覚をより鋭敏に研ぎ澄ます。そして、僅かな変化も見逃さぬよう周囲に視線を巡らせていると、訓練場の端に立っている流伽の姿が視界の片隅に入った。
その流伽はどういうわけか、僅かに琥太郎の立ち位置とはずれた方向を見ているようだ。琥太郎がその流伽の視線につられてそちらを見るが、一見そこには何も無いように見える。しかし、周囲に漂う妖気を意識すると、そちらの方角には、漂っている妖気がほんの僅かに濃くなっている場所があった。その妖気自体からは、殺気や邪気などは感じない、ごく普通の妖気だ。そして、妖気が濃くなっている場所といっても、本当にちょっとした空気の流れでそこに妖気が僅かに集まっているだけのような、その程度の妖気のムラでしかない。
「ふんっ」
ボフッ
琥太郎が、流伽の視線の先に漂う、僅かにムラのある妖気を「気」の操作でコントロールして一気に燃やした。すると、そこには全く見えていなかった曖然親分が立っていた。
「何っ?!」
一瞬、姿を見えるようにされた曖然親分の「気」が揺らいだ。全ての「気」を悟られないように静かに抑え込んでいた曖然親分だが、突然琥太郎にその姿を見えるようにされた事で集中力が途切れ、気持ちが揺らいだようだ。
「ふぅっ…」
姿が見えるようになった曖然親分が意識を集中させるかのように軽く息を吐くと、再びその姿が見えなくなった。しかし、琥太郎が「気」を研ぎ澄ますと、先ほどと同じくうっすらと僅かにムラのある妖気が曖然親分が立っていた場所に漂っていた。そしてそのムラは、琥太郎の右側へと移動している。
訓練場内には様々な種類の妖気が漂っている。しかし、琥太郎が一度そのムラのある妖気を認識してしまえば、再度琥太郎がそれを探知するのは容易だ。
「ふんっ」
ボフッ
琥太郎がもう一度そのムラのある妖気を燃やすと、やはり移動していた先から曖然親分の姿が現れた。
「ほう、もう儂の術を破りおったか。」
曖然親分は、その「気」を押さえて気配を消すだけでなく、光学迷彩のような効果を持つ妖気を使って実際にその姿も見えなくしていたようだ。
姿が見えるようになった曖然親分は、若干長めのドスを逆手に構えると、滑るように琥太郎へと迫ってきた。
ダッダッダッダッダッ!
琥太郎が迫ってくる曖然親分へと牽制で「気」の連弾を放つ。しかし曖然親分はその「気」弾をほんの僅かな動きだけでギリギリ躱している。
ドッ ドッ ドッ!
「気」弾を簡単に躱された琥太郎は、続いて追尾型の「気」弾を3発放った。これも曖然親分は僅かな動きで躱して琥太郎の正面まで来ると、逆手に構えたドスを琥太郎に向けて振りぬいた。
本来、武器による攻撃の場合、攻撃してきた相手はもちろん、使用される武器自体にも殺気や闘気、覇気など何かしらかの強い「気」が纏われている。しかし、曖然親分の攻撃には、親分自身、そして使用しているそのドスからもそうした強いはっきりとした「気」が存在しない。意識を集中しなければ気づけない程の本当に微弱な殺気が、微かに刀身に残るだけだった。
ほんの僅かとはいえ、刀身には微弱な殺気が纏われているので、先ほどからと同様に琥太郎の「気」の防御が反応してその攻撃を防ぐ事は可能だろう。しかし、先ほどからの感覚では、それは本当にギリギリ防いでいる感じで、攻撃が琥太郎の体に届いていないとはいえ、鋭い刃の感覚がしっかりと肌に伝わってきていた。ちょっとでも琥太郎が気を抜いたら、曖然親分の攻撃は簡単に「気」の防御を突破して琥太郎の体に届いてしまうだろう。
相手の発する「気」を操作してコントロールする事の多い琥太郎にとって、「気」を制御して表に発しない曖然親分とは最悪の相性のようだ。