166_気配
「では酌威、お主が仕切ってくれるか。」
「承知いたしました。」
「ほっほっほ…、儂も久しぶりに腕が鳴るのう。」
親分はそう言って、腕をまわしながら位置についた。
琥太郎も、その親分から15m程離れた向かいに立つ。
「「……さてと、いよいよか…。だけど、ぬらりひょんってどんな戦い方をするんだろう。まあ、それはそれでちょっと興味深いかな…」」
「両者ともによろしいですね。」
少し離れた位置に立つ酌威が、曖然親分と琥太郎を交互に見て確認する。
「では…、はじめ!」
琥太郎の向かいで、いつもと変わらぬ姿勢で立っていた曖然親分が、酌威のはじめの合図とともにゆっくりと琥太郎の方へ向けて歩き始めた。それを見た琥太郎は、まずは曖然親分が何をしてくるのかを見極める事にした。武道の構えをとった状態で、その場から動かずに曖然親分の様子を伺う。
「「……う~ん、こっちに歩いてきたけど、なんだか戦いって雰囲気じゃないんだよなぁ。いったいどんな攻撃をしてくるつもりんだろう…」」
琥太郎がそんな事を考えていると、突然曖然親分の姿がブレるように揺らいだ。そして、そのままぼんやりと姿が薄くなると、姿が消えて見えなくなってしまった。
「えっ、あれっ?!」
先程まではしっかりと感じとれていた曖然親分の気配も、その姿が見えなくなると同時に消えてしまった。
もちろん「気」を感じ取れる琥太郎は、同時に曖然親分の妖気や殺気、闘気や邪気など、何かしらの曖然親分の気配を探るのだが、琥太郎が意識を集中してもそうした気配がどこにも見当たらない。
琥太郎がキョロキョロと周囲を見回しながら曖然親分の気配を探っていると、突然腰のあたりに琥太郎の纏う「気」の防御が反応した。
「えっ?!」
琥太郎が驚いて自身の腰のあたりに目をやると、そこには短刀の刃が突き立てられていた。いわゆるドスだ。
琥太郎の体に突き刺さる直前に琥太郎の「気」の防御が刃の纏う極僅かな殺気に反応して体を傷つけられる事は避けられた。しかし、その刃が実際に琥太郎に突き立てられるまで琥太郎は全くその気配に気づけなかった。
「「……やばっ、何今の…、全然判らなかったけど、どうやったんだろう?!……」」
琥太郎に突き立てられた刃は琥太郎の「気」の防御に防がれると、直後に再び見えなくなってしまった。
再び琥太郎が周囲を見回しながら気配を探るが、曖然親分は姿が見えないだけでなく、その気配まで消えてしまっている。
琥太郎も先程の攻撃に備えて、自身の「気」の防御の感覚をより一層研ぎ澄まして備える。
すると、再び琥太郎の背中で「気」の防御が反応し、刃が付き立てられる感覚が伝わってきた。
「「……くっそ、またか……」」
「気」の防御の感覚を限界まで研ぎ澄ましているにも関わらず、今の攻撃にも反応出来たのは本当に体に刺さるギリギリのところだった。普段の何も警戒していない状態の防御であれば、恐らく刃が琥太郎の体に深く突き刺さっていただろう。
琥太郎に突き立てられた刃は、琥太郎の「気」の防御に防がれるとすぐにまた消えてしまった。
「「……全く見えないし気配も消えちゃうんじゃ、本当にやっかいだなぁ……」」
ぬらりひょんというのは、ヤクザの大親分であるという話とともに、家の中に勝ってに入り込んでお茶を飲んでいたりしても、家の人間は、そこにぬらりひょんがいるという事に気づけないという話を聞いた事がある。今の曖然親分の戦い方を見ても、こうした気配を消したり操作したりする事が得意な妖である事は間違いなさそうだ。
「「……どうしよう…、この訓練場内に漂ってる妖気を全部燃やしちゃうとかすれば何か出てくるかもしれないけど、美澪や酌威さん、ムギやミックにエニシさんまでいる状況でそんな事も出来ないし…、まいったなぁ……」」
ここが花園組という妖の拠点である上に、実際にこの場にも複数の妖がいるので、訓練場内には様々な妖気が漂っている。それらを全て燃やして消し去れば何か解る事もあるかもしれない。しかしそれでは、妖気の元になっているこの場の妖全員を攻撃するような行動になってしまうのであまりよろしくないだろう。