165_体力がある人向け
どうやらダメージを負った美澪のために、薬を用意してくれるようだ。しかし、河童の妙薬といえば琥太郎ですら名前を聞いた事がある程の薬だが、貴重な品だったりしないのだろうか。
「ところで美澪、今日は酌威さんのふくらはぎ狙いって感じで攻撃してたけど、最初から決めてたの?」
「うん。風音のダディと一緒で、酒呑童子相手に私の普通の攻撃は通用しないと思った。だけど、ダメージは与えられなくても最低限相手が嫌がる攻撃をしないと、本命の突きを決める隙を作る事も出来ないでしょ。だから、琥太郎のパソコンでy○utubeを見て研究してたら、ふくらはぎの攻撃なら効果がありそうだったから今日はそこに集中してみた。」
最近ではMMAもキックボクシングもカーフキックが大流行らしい。背の低い美澪であれば身長差のある酌威のふくらはぎは的も大きいので狙いやすいという利点もあるだろう。実際途中からは酌威も嫌がる様子が見受けられたので、これは実際に効果があったようだ。
事務所へと河童の妙薬を取りに行ったエニシは5分程すると戻ってきた。手に持つお盆には湯呑が2つと水さし、それと紙袋が乗っている。
エニシは琥太郎達の近くにお盆を置くと、紙袋から粉薬のようなものを茶さじで湯呑に入れ、それぞれに水を注いだ。それを軽くかき回してから1つを酌威に渡すと、もう1方を琥太郎達の方へと持ってくる。
「彼女は体の中がやられてそうだから、飲ませてあげて。」
エニシは琥太郎と視線をあまり合わせずに、若干狼狽した様子でそう言うと、妙薬の入った湯呑を琥太郎に手渡してすぐに離れていった。
渡された湯呑には、ブラックコーヒーのような黒い液体が入っている。酌威の方を見ると、酌威はそれを飲まずに傷口へとふりかけていた。すると、傷口からは白い煙があがり、みるみるうちに傷口が塞がっていく。
「エニシさん、酌威さんは体にかけてますけど、これ、飲んじゃって平気なんですか?」
「えっ…、河童の妙薬は飲んでも、傷口に直接つけてもいいの。彼女は目立った外傷はないけど、壁に叩きつけられた衝撃で体の中にダメージがあると思うから飲ませた方がいいのよ。」
突然琥太郎に話しかけられたエニシは、一瞬ビクッとした様子を見せるも、琥太郎に河童の妙薬を美澪へ飲ませるよう促してきた。
「美澪、これ、飲んでみる?」
「うん。今まで河童の妙薬は飲んだ事はないけど、爺ちゃんから話は聞いた事がある。爺ちゃんも、妙薬は飲んでも傷口につけてもいい良い薬だって言ってた。」
美澪はそう言うと湯呑を琥太郎から受け取り、両手で湯呑を持ちながら中の液体を半分程飲んだ。
「うぅっ、マズい…。苦くて、ちょっと生臭い。」
そう言いながらも、続けて残りも全て飲み干した。すると、美澪が不思議そうな顔をしながら腕をまわして、何か自分の体を確かめるように体を動かし始めた。
「凄い。治った。」
「えぇっ?! 本当に大丈夫?」
「うん、大丈夫になった。」
さすがに全国各地の伝承に残るような薬だけあって、その効果は抜群なようだ。
「怪我は治っても体力は消耗してるから、あまり無理はしない方がいいわよ。」
「河童の妙薬は、病気や怪我を治すのに本人の体力や妖力も使うからのう。それゆえ本当に弱っている者に使用する際は気を付けんと、かえって悪い結果になる事もあるんじゃよ。とはいえ、今日の美澪程度の怪我であれば本当に良い薬じゃろう。」
一部の漢方薬などでも、体力のある人向けとなっていたりするものがあったりするが、河童の妙薬もそういった類の薬らしい。それにしても、美澪の怪我はもちろん、酌威の抉られた傷口が目の前でみるみる塞がっていく不思議な程の効果には琥太郎も驚かされた。
「さてと、では琥太郎、儂も1戦お願いしようかのう。」
「はい。ふぅ…、よろしくお願いします。」
観念していたとはいえ、ついに親分とも模擬戦を行う事になった琥太郎が、小さくため息をつきながら前に出ていった。
「美澪、美澪は体力を消耗してるらしいからちゃんと座って休んで見てるんだよ。」
「もう大丈夫。問題ない。」
琥太郎が少し後ろを振り返り、一応美澪に声をかけると、美澪は大丈夫といいつつも素直に琥太郎の指示にしたがいその場に腰をおろして座った。