164_勝つつもりで
「あっ、酌威さん、最後は勝手に割り込んじゃってごめんなさい! 美澪がもう駄目そうだったんで、最後のだけ俺が防がせてもらっちゃいました。」
ダメージを受けて倒れている美澪に酌威の巨大な妖気弾が当たっては危険だと判断した琥太郎が、酌威の妖気弾を天井に弾いて霧散させたのだった。前回酌威との模擬戦で天井に大穴を開けてしまっているので、今回琥太郎は天井にダメージが無いように、妖気弾の威力を殺してから霧散させていた。
「ふっ、相変わらずとんでもねぇ能力だな。」
そう呟いた酌威に、琥太郎が苦笑いであらためて頭を下げる。そして、訓練場内の空間に漂っている美澪の妖気を美澪の身体へと戻していく。少なくはないであろうダメージを受けた美澪の身体を気遣って、少しでも回復を早めるための手段だ。更に琥太郎は美澪の妖気を戻し終わると、訓練場内の酌威の妖気も集めて、傷ついている酌威の体へと戻していった。
自身の妖気が体に入ってくるのを感じ取った酌威は、呆れたように眉をピクリと1度上げると、黙って琥太郎を一瞥してから曖然親分の方へ向き直り、開始と終了の合図を出してくれた曖然親分へ軽く頭を下げた。
「こんなお嬢ちゃんに手傷を負わされておるようでは、お主もまだまだ鍛錬が必要という事じゃのう。」
「へい。油断したつもりは無かったんですが、みっともない姿を見せちまいましてすみません。ただ、美澪のあの突きは見事でしたね。」
「ふむ、確かにこの歳でここまでやるとは、将来が楽しみなお嬢ちゃんじゃのう。」
軽く言葉を交わした酌威と曖然親分が、壁際で仰向けに倒れたまま天井を仰いでいる美澪の方を見つめる。
「美澪、最後のはかなり派手に投げつけられてたけど大丈夫?」
「勝てなかった…。酒呑童子が本気を出した後は、全く勝負にもなってなかった…。悔しい…。」
天井を見つめたまま、琥太郎に言葉を返した美澪の口元には血が滲んでいた。
「もぉ…、美澪、相手は日本でも有数の、っていうか日本一と言ってもおかしくない位に強い妖だよ。そんな相手にしっかり傷まで負わせた美澪は凄いよ。」
「だけど琥太郎は、その酒呑童子に勝った。」
「俺の場合はちょっと特殊っていうか、そもそも俺は妖でもないからさ…、う~ん…、とにかく、また美澪の稽古にも付き合うからさ、今は今日の怪我をちゃんと治す事を考えてさ、それからまた頑張ろう。」
酌威に激しく壁に叩きつけられてダメージを負っている美澪を抱きかかえるように起こすと、まだ足元がおぼつかない美澪をそのまま抱きかかえて曖然親分達の方へと戻った。
「威勢のいいお嬢ちゃんじゃとは思っておったが、酌威に複数の手傷まで負わすとは想像以上にお嬢ちゃんもやるのう。」
「お嬢ちゃんじゃない。美澪。」
模擬戦前と同様に、再びお嬢ちゃん呼ばわりされた美澪が、ちょっと憤慨したように訂正している。
「ほっほっほっ、美澪や、すまんすまん。」
琥太郎に抱きかかえられている美澪に笑顔で謝る曖然親分はとても嬉しそうだ。なんだかまるで、可愛い孫でも相手にしているかのようだ。
「勝てなかった。勝負にもなってなかった。」
「わっはっはっは…、本気で酌威に勝つつもりでおったか。わっはっは…、これはほんに頼もしいのう。」
悔しそうにつぶやいた美澪の言葉を聞いた曖然親分は、ますますご機嫌な様子だ。
「これエニシや、事務所に河童の妙薬が置いてあったじゃろう。あれを美澪に持ってきてやりなさい。酌威の分もな。」
「親分、自分はこれくらい平気っすよ。」
「お主もとっとと怪我を治して、しっかり鍛錬せい。」
「わかりやした。すみません。」