163_よいしょっ!
「おい、ムギ、ミック、大丈夫か?」
琥太郎の横で苦し気に膝をついたムギとミックに琥太郎が声をかける。そしてすかさず、「気」を操作して彼らに酌威の濃密な妖気が届かないようにした。更に若干顔を歪めて立っていたエニシの事も、同様に「気」を操作して琥太郎が防護する。
「えっ?!」
琥太郎が酌威の妖気を防いでくれた事に気づいたエニシが驚いた表情で琥太郎の方を見た。その横で、曖然親分はじっと動かずに酌威と美澪の事を見つめている。一瞬エニシと視線があった琥太郎だが、何も言わずに再び酌威と美澪の方へと視線を戻した。
先程までは美澪の組手に付き合っているように見えた酌威が、ここで自ら動いた。先程の酌威の威圧による衝撃波で数歩下がった位置に立っていた美澪へ向かい酌威が瞬時に踏み出すと、一瞬で右の手刀が美澪を襲う。美澪の組手に付き合っていた際の手刀とは、速度も威力も圧倒的に増している。
「んっ!」
ザシュッ!
酌威の手刀を僅かな足捌きで躱した美澪が、すかさず酌威の顔面へと妖気の斬撃を放った。
「せいっっ!」
酌威はこれを全く避けようともせず、気合の掛け声とともに美澪へと鋭い突きを振り下ろしてきた。酌威の気合により、美澪の斬撃は酌威に届く事なく霧散してしまう。
美澪も足捌きと体捌きで、酌威の突きをギリギリ躱した。
先程までスピードでは美澪に分があるように見えていたが、酌威が鬼化した事によりスピードでも美澪と同じか、むしろ僅かに美澪を上回る程になっているようだ。攻撃の重さに加え、防御力や耐久力といった点で圧倒的な差がある上に、スピードのアドバンテージまで奪われてしまった美澪は防戦一方になりつつある。
それでも美澪は、酌威の攻撃を紙一重で躱しながら、合間に妖気の攻撃も挟みつつなんとか酌威の攻撃を凌いでいる。
ここで、これまで拳による突き、手刀による突きと薙ぎ、それと蹴りによって攻撃を組み立てていた酌威が、美澪に向けて手の平を広げて掌底を放ってきた。細かい動きで酌威の攻撃を躱す美澪に対し、面での制圧を狙ってきたようだ。
それを見た美澪の足元が再び僅かに光った。
「はぁっ!」
「せいっっ!」
なんと美澪が酌威の掌底を、徑と妖気を纏った必殺の突きで迎撃しにいったのだ。しかし酌威は気合の掛け声ととも更に濃厚な妖気を全身から放つと、そのまま構わず美澪へ掌底を振り下ろしてきた。
ドゴォッ!!
美澪の必殺の突きと衝突した酌威の手の平から激しく血しぶきが飛ぶ。しかし、それでも美澪の突きを手の平で止めた酌威が、そのまま美澪の腕を掴んで美澪を訓練場の壁へと思いっきり投げつけた。
ドカッ!
物凄い勢いで訓練場の壁へと叩きつけられた美澪が地面に落ちて倒れた。
壁に叩きつけられる瞬間、かろうじて受け身は取っていたように見えたが、さすがにその衝撃には耐えきれなかったようだ。
ドォォッ!
地面へ落ちて倒れた美澪へと、すかさず酌威が巨大な妖気弾を放つ。
「あっ、やばいか?! よいしょっ!」
ボヨンッ
直径が80cm程はありそうな酌威の巨大な妖気弾は、美澪に当たる直前で突然天井へと向きを変えると、急激に速度を落としながら訓練場の天井にぶつかった。しかし天井に全く衝撃はなく、酌威の妖気弾はまるで大きな水風船のようにボヨンボヨンと大きく波打ちながら空中で静止して、そのまま霧散して消え去った。
「やめっ!」
ここで曖然親分が模擬戦終了の合図を出した。
すると、天井付近で霧散した妖気弾を確認し、その後、倒れたままの美澪に視線を送っていた酌威が琥太郎の方を見た。その右手の平と太腿からはまだ血が滴っている。