162_鬼化
曖然親分の始めの掛け声と同時に、美澪が一直線に酌威へ向かって突っ込んでいく。対する酌威も妖気を纏い、身体強化を行った状態となった。酌威はその場から動かずに、向かってくる美澪を迎え撃つ体制のようだ。
酌威まで5m程の距離まで接近した美澪が、酌威の顔面へ向けて妖気弾を撃ち出す。
しかし酌威は、何事も無いかのように、これを軽く手で払いのけた。
すると、妖気弾を撃ち出すと同時に酌威のサイドへ移動した美澪が、酌威のふくらはぎへ鋭い下段蹴りを繰り出した。
美澪の下段蹴りはかなり強烈に見えたが、酌威はこれをくらっても、何事も無いかのようにすかさず上から美澪へ向けて拳を打ちおろしてくる。美澪はこれを体を反転させるようにしながら軽く体捌きでギリギリ躱すと、体を反転させた勢いそのままに後ろ蹴りを再び酌威のふくらはぎへと叩き込んだ。しかし、これをくらっても酌威にはほとんどダメージがないようで、何も意に介さないかのように美澪へと下段突きと手刀を繰り出してきた。
美澪は酌威の攻撃をしゃがみ込むかのようにして躱すと、地面スレスレで体を回転させて、水面蹴りをまたしても酌威のふくらはぎへと決めた。しかし、それでも酌威はビクともせずに、今度は足元の美澪へと妖気弾を撃ち出してきた。
これを美澪はジャンプするかのようにバックステップで1歩躱すと、すかさず酌威の顔面へと妖気の斬撃を撃つ。同時に足元へと飛び込み再び酌威のふくらはぎへと叩き込んだ。
顔面への斬撃は軽く手で払い除けた酌威だが、ほぼ同時に叩き込まれたふくらはぎへの蹴りはくらってしまっていた。
美澪の狙いはどうやら酌威のふくらはぎのようだ。
妖気による身体強化で酌威の体捌きも猛烈なスピードになっているのだが、美澪のスピードは更にそれを上回っている。そのため、ふくらはぎへの攻撃は決まってはいるのだが、いかんせんその攻撃の軽さから大きなダメージを与えるには至っていない。
「ほぉ…」
曖然親分が、酌威と美澪のこうしたやり取りを見ながら、少し感心したように声を漏らした。
美澪が再び酌威の顔面へと斬撃を放ちながら足元へ飛び込み、迎撃してきた酌威の拳を躱してふくらはぎへ目掛けて下段蹴りの体制に入ると、ここで酌威が初めて軽く膝を美澪の方へ向けて脛受けの体制を取った。美澪の攻撃が軽くて大きなダメージは無いとはいえ、繰り返し同じ個所に攻撃を喰らい、僅かながらもその攻撃を嫌ったようだ。
ここで、酌威が脛受けの体制を取ったのを視界にとらえた美澪の足元が、小さな爆発が起こったかのように僅かに光った。美澪が足裏に徑を発動させたのだ。下段蹴りの体制から瞬時に体制を切り替えた美澪が、徑と妖気を纏った必殺の突きを目の前で脛受けのために軽く踏ん張った酌威の太ももへと繰り出した。
「はぁっ!」
ドゴォッ!
美澪の雰囲気が一瞬で変化したのを感じ取った酌威が、気合いの掛け声とともに全身から妖気の威圧による衝撃波を発した。それにより僅かに軌道がずれた美澪の必殺の突きが酌威の太ももの側面を掠る。美澪の拳が掠めた酌威の太ももは、僅かに肉が抉れて血が流れていた。
「うぉーーーっ!」
足に傷を負った酌威が大きな咆哮をあげた。すると、酌威の全身の筋肉が二回りほど大きく膨らむ。琥太郎との模擬戦の際にも見せた鬼化だ。額に生えている2本の角も先程までよりも太く長く伸び、身長も更に少し高くなった。
威圧による衝撃波に加え、鬼化によって酌威からは強烈な妖気が発せられていた。訓練場の端に立つ琥太郎達の元へも、酌威のその濃密な妖気が刺さるかのように浴びせられる。