158_殺生な
美澪に花園組での模擬戦が決まった事を伝えた翌週は、大きな事件などもなく静かに過ぎていった。
美澪は、もともとあまりしゃべる方ではないが、この週はどちらかというと普段よりも更に口数が減った感じだ。
美澪に模擬戦が決まった事を伝えた際、美澪は軽くにこりと笑顔で頷いたあと、親指を立ててサムズアップのポーズで琥太郎に応えていた。流伽の話では、翌日からも美澪はいつも通り自主トレという事で外出していたようだが、帰り時間は以前よりも少し遅くなっていたとの事だった。家では特に浮ついた感じなどはなく、静かに集中しているような雰囲気だったので、対外試合的な花園組との模擬戦に向けて、かなり気合が入っている様子だ。
週末、少し早めの時間に流伽が作ってくれた昼食を食べてから、琥太郎は美澪と流伽の3人で花園組の事務所へ向かった。
流伽に関しては、もちろん模擬戦に参加するつもりはないのだが、琥太郎と美澪が戦っているところを観戦したいとの事だった。先日琥太郎が綾乃さんのお店で絡んできた妖達を倒した姿が衝撃だったようで、一度ちゃんと琥太郎と美澪の戦闘の様子を見ておきたいという理由らしい。
悪い妖達ではなさそうだとはいえ、一応ヤクザのような組織での模擬戦という事で怖くないかを聞いたところ、ちょっと怖いとは言っていた。しかし、流伽の場合は美澪が東京へやってきた初日にも見せたように攻撃手段があるだけでなく、逃げる事に関しては攻撃以上に得意だろう。いざとなったら、消えて目に見えなくなったり、壁をすり抜けて逃走したりする事が出来る。そもそも流伽自身は琥太郎がいるから平気と言っていたのだが、流伽までもが美澪化して琥太郎を妄信し始めているようで、そこはちょっと心配だ。
3人が花園組の事務所へ到着すると、入り口でムギとミックが立ち話しをしていた。
「あっ、琥太郎兄さん、ちぃ~っす!」
「ムギ、ミック、今日は模擬戦のセッティングありがとう。といっても、俺自身は出来れば模擬戦なんてしはくはないんだけどね。」
「ははは、兄さん、まだそんな事言ってんすか。うちは組長が兄さんとの模擬戦に乗り気なんで、兄さんはもう逃げようがないっすよ。」
「まあ、正直言うと俺達も出来れば模擬戦はやりたくなかったんっすけどね。」
「模擬戦のセッティングで組長と話をしたら、お前らも最近ちょっとだらしないから、ちょっと揉んでもらえって、俺達まで模擬戦をしなきゃいけなくなっちまったんすよ。」
「流伽姐さんも来たって事は、姐さんも今日は模擬戦をするって事っすか?」
「俺、この中で模擬戦をするなら流伽姐さんっとがいいっす。姐さんが一番優しくしてくれそうだもん。」
「ごめんなさい。私は今日は応援に来ただけなんです。」
「えぇ~っ!」
「そんなぁ、殺生な…」
ムギとミックが、流伽は模擬戦に参加しないと聞いてショックを受けている。
見た目に関しては美澪が一番子供っぽいはずなのだが、妖としての本能なのか、ムギもミックも美澪の強さをなんとなく感じとっているようだ。
「はぁ…、仕方ないっすね。」
「まあ、こんなところで立ち話しを続けていても仕方ないっすから、取り合えず行きますか。もう中で組長と酌威の兄貴も待ってますんで。」
ムギとミックに連れられて組事務所の建物に入ると、今日も階段の踊り場に一つ目小僧が立っていた。
一つ目小僧は琥太郎を見ると、またしてもその大きな目から琥太郎に向けて妖気を放ってきた。
琥太郎は、今日はその妖気を軽く受け流すだけで、前回のように「気」をその目に向けて返すような事はしなかった。このあとの模擬戦とか組長との対応とかを考えると、気分的にいろいろ面倒で余計な事をする気力が無かったのだ。琥太郎が軽く手を挙げて、そのまま横を通り過ぎると、それを見た一つ目小僧は、少し勝ち誇ったような顔をして琥太郎達を見送っていた。