151_人のよさ
「うわっ、美味い!」
「えっ~、凄く美味しいです!」
琥太郎と流伽が綾乃さんのビーフシチューを一口食べて、二人とも感嘆の声をあげた。
「どうもありがとう。結構手抜きなんだけどね。」
「これって、市販のルーを使ってるんですか?」
料理好きの流伽は、早速そのレシピが気になる様子だ。
「ううん、そういうのは使ってないんだけど、デミグラスソースの代わりにソースとケチャップを使ってそれっぽく作ってる感じかな。缶詰のトマトペーストなんかも使っちゃってるしね。それでも、一応それなりの味に仕上がってるでしょ。」
「それなりどころか、めちゃめちゃ美味いです。」
「えっ、完全にビーフシチューの味だと思うんですけど、デミグラスソースってソースとかケチャップで作れちゃうんですか?」
「うん。ソースとケチャップとトマトペーストがベースで、そこに赤ワインとバターを入れて、あとは砂糖とかコンソメみたいな調味料で味を整える感じかな。日本の中濃ソースの材料とか作り方がデミグラスソースと同じようなものだから、案外それでデミグラスソースの代用は出来るのよ。」
「えぇっ、凄い、私もやってみたいなぁ。」
流伽が綾乃さんのビーフシチューのレシピに感嘆している。
「流伽ちゃんはお料理が好きなの?」
「はい。そんなに上手ってわけではないんですけど、生前から料理をするのは好きでした。」
「いやいや、流伽の作ってくれた料理はどれもめちゃめちゃ美味しいってば。家ではいつも流伽がご飯を作ってくれてるんです。それが、なんかどれもひと手間かかってる感じで、味もめちゃめちゃ美味しいんですよ。」
「あら、そんなにお料理が好きで上手なら、是非お店を手伝って欲しいなぁ。私一人でお店を回してると、どうしてもメニューの品数なんかも限られてきちゃうのよね。」
「えぇっ、ここのお店のお料理を作るって事ですか?!」
流伽がどうしようといった感じで琥太郎の方を見ている。しかし、その表情にはワクワクしている様子が見てとれる。
「まだ流伽も初めて来たばかりだし、今日お店の様子を見せてもらいながら、じっくり考えればいいんじゃない?」
「そうよね。まだ来たばかりでそんな事言われても困っちゃうわよね。とにかく今日はゆっくりしていってよ。ところで、まだお水しか出してなかったわね。何か飲むでしょ。」
「そうですね、じゃあ俺はビールをもらっていいですか。流伽はどうする?」
「それじゃあ、私もビールをいただいちゃいます。」
そこからは、綾乃さんが適宜出してくれるおつまみをつまみながら、3人でゆっくり飲む事になった。3人というのは綾乃さんもカウンターの中でお酒を飲んでいたからだ。それと、出てくるおつまみがいかにも手作りといった感じで、どれも本当に美味しい。新しいおつまみが出てくるたびに流伽が感動してレシピを聞いている。
琥太郎が3杯目のビールを注文したが、まだお店にお客さんは琥太郎と流伽しかいない。綾乃さんによると、お店にお客さんが入り始めるのはだいたい20時を過ぎてからが多いらしい。琥太郎達は18時頃にお店に到着していたので、お客さんが入り始めるのはもう少し後のようだ。
歌舞伎町の妖事情などを綾乃さんから聞きながら、琥太郎も花園組のムギとミックに会った話をした。すると、なんとムギとミックも綾乃さんのお店にお客さんとして時々来ているそうだ。綾乃さんの話によると、ムギとミックはその人のよさ(彼らの場合は妖のよさ?)から、この街の妖達にはかなり好かれているらしい。
「なんだい、あいつらももう琥太郎君と知り合いだったのかい。だったらちょっと声をかけてみようか。」
綾乃さんはそう言うと、携帯電話を取り出して電話をかけ始めた。