150_ビーフシチュー
「こんばんは…」
琥太郎が綾乃さんと言葉を交わしたところで、琥太郎の後ろをついて階段を上ってきた流伽も綾乃さんに挨拶した。
「あら、こんばんは。琥太郎君のお連れさん?」
「はい。同じ部屋で一緒に暮らしてる霊の流伽です。こないだ綾乃さんと会った時に一緒だった美澪と、3人暮らしみたいになってるんです。」
「はぁ~、これはまた綺麗なお嬢さんを連れちゃって…、それにしても、今度は霊のお嬢さんときたかい。うちでは人間のお客さんも滅多に来る事はないんだけど、霊のお客さんとなると初めてよ。まあ、狭いところだけどとにかく座って。」
綾乃さんにも、流伽が霊であるという事は一目でわかるようだ。琥太郎と流伽は、綾乃さんに促されてカウンターの一番奥の席に着席した。
「人間のお客さんも滅多に来る事はないって言ってましたけど、人間のお客さんが来た事があるんですか?」
「う~ん、本当にごく稀にだけど、酔っ払いが誤って入ってきちゃった事が何度かあったのよ。あれっ、だけどそれだとお客さんとは言わないわね。」
今日はまだ琥太郎と流伽以外にお客さんの姿は見えないが、もともと綾乃さんが妖相手の店だと話していたとおり、この店のお客さんは妖だけのようだ。
「誤ってとはいえ、人間が入ってきちゃったらどうしてるんですか? やっぱり一応は普通にお客さんとして対応するんですか?」
「ふふふ…、しないしない。他の妖のお客さんにも迷惑だし、変にいい接客なんかしちゃって、また来られても困るしね。言葉で一見さん(いちげんさん)お断りだって伝えて帰ってもらえない時は、妖気で気絶させて、お店の前の道路に放り出してるわよ。この辺なら酔っ払いが道路で寝てても特別変ではないからね。」
「それだと、俺もここにいたら迷惑だったりしませんか。」
「平気平気。琥太郎君は特別だからいいのよ。そもそも、琥太郎君は全然普通の人間じゃないじゃない。」
何を持って平気なのかはよくわからないが、琥太郎は綾乃さんの普通の人間じゃないという評価がちょっと気になった。しかし、妖の目から客観的に見ればそれも妥当な評価なのだろう。
「あのぉ、私も妖ではないけど大丈夫なんですか。」
綾乃さんと琥太郎の会話を聞いていた流伽がちょっと心配そうに尋ねた。
「全然大丈夫よ。人間ほど警戒されたり気を使われたりはしないでしょうからね。それに、若くて綺麗な女の子がお店にいてくれると、それだけでお店が華やかになるから、むしろ大歓迎よ。」
「それなら良いんですが…、妖専門のお店に行った事なんて無かったので、ちょっと緊張します。」
「全然平気だから楽にしてちょうだいね。それより、2人ともお腹は減ってる?」
「はい。昼食をまともにとらなかったので、結構腹減ってました。」
「ビーフシチューでいい?」
「はい。このいい匂いってビーフシチューだったんですね。めっちゃ食べたいです。」
「今日は材料の関係でたまたまちょっと多めに作っちゃってたのよね。琥太郎君達が来てくれてちょうど良かった。流伽ちゃんも食べるでしょ。」
「はい、いただきます。」
しばらくすると、熱々のお皿によそわれ、表面に生クリームが回しかけられた美味しそうなビーフシチューが出てきた。シチューの横には、バゲットも付いている。バゲットは細身で表面が硬い、琥太郎が好きなタイプだ。
テーブルに置かれたビーフシチューを見て、すぐに流伽が反応した。
「うわぁ、めちゃめちゃ美味しそうです。」
流伽は料理好きなだけあって、自分が食べる側にまわっても美味しそうな料理には興味深々のようだ。
「これ、絶対旨いやつですよね。」
「「いただきます!」」