147_モモンガ
琥太郎は1件目同様、このギャラリーでも結構な濃さの妖気を感じていた。今のところ琥太郎が絵を見て回っている中では、妖らしき姿は見えていない。
「どう、何か気に入った作品ってあった?」
「うん。あっちの小さな部屋に展示してる、人物画みたいな絵が好きかなぁ。特に一番大きな額に入ってた、大きな目をした顔の絵はなんか凄く惹かれたかも。」
「ああ、私もあの絵はいいなって思った。私は人物画っていうか、目力を感じるような作品って凄く好きなんだよね。」
「目力かぁ…、なるほど。なんかそれ解るかも。」
全ての作品を見終えた琥太郎達が、絵の感想を話しながら出口の方に向かっていると、ギャラリーの事務所のような部屋からお爺さんが出てきた。お爺さんは琥太郎の方を見た後、琥太郎が小声で話しながら一緒に歩いていた流伽を見て少し驚いたような顔をしていた。
「おやおや、お兄さんのお連れさん?」
お爺さんが琥太郎に話しかけてきた。一般の人には見えない流伽の姿が、このお爺さんには完全に見えているようだ。そして、このお爺さんが館内に溜まっている妖気を発している妖である事に琥太郎も気づいていた。
「はい。彼女にここのギャラリーがお薦めだよって聞いて、今日は一緒にお邪魔させてもらってました。」
「あっ、こっ、こんにちは。」
相手が妖であるため、琥太郎も特に隠し事などせずに流伽の事を話す。流伽も、相手が妖である事が判っているのか、お爺さんに挨拶をしていた。
「こんにちは。なんかうちを紹介してくれたみたいでありがとうね。それにしても、ちょっと珍しいお客さん達だね。お兄さんはどうやら私の事も判るみたいだしね。」
「はい。この建物に近づいた時から妖の気配は感じてました。お爺さんがそうだったんですね。」
「ははは…。うん、そうだね。じゃあ自己紹介をさせてもらわなきゃいけないかな。私はここの館長をさせてもらってる百田飛雄ね。」
「初めまして。琥太郎です。それと、彼女はいろいろあって一緒に暮らしてる流伽です。」
琥太郎が流伽の事も一緒に紹介すると、流伽はお爺さんにペコリとお辞儀していた。
「まあ君達なら別に隠す事もないかな。私は百々爺っていう、森に棲んでるモモンガの妖なんだけど知ってるかな。」
「百々爺ですか。知らなかったです。初めて聞きました。」
「今から100年以上前、この辺りの四谷界隈は大きな森になっていて、人の世界では林業が盛んな土地だったんだよね。今は随分と変わっちゃったから、ここが大きな森だったなんてわからないでしょ。私はその当時からここに住んでる妖なんだよ。若い頃から絵が好きだったんだけど、絵を描いたり集めたりを続けてたら、いつのまにかこんなギャラリーになっちゃたんだよね。」
「えぇっ、林業が盛んだったなんていう程の森なんて、全く想像出来ないですね。僕はどちらかというと田舎育ちなんですけど、この辺りは東京の都心の中でも特に真ん中っていう感じのイメージです。」
「そうだよね。今は森は無くなっちゃったけど、私は結構ここが気に入ってるんだよね。新宿や渋谷、原宿ほど賑やかではなくて、都心の割には結構静かでしょ。それでいて、若いアーチストが集まりやすい場所なんだ。絵描きだけに限らず、音楽や芝居なんかも含めて、そういった創作活動をしてる若者が凄く多い土地なんだよね。若い人の作品は私にも刺激になるし、そういう若手で頑張ってる人達を少しでも応援してあげたいからね。」
館長の百田さんは百々爺という妖であるとの事だが、琥太郎は百々爺という妖の事を知らなかった。そもそも、琥太郎の地元である千葉県では野生のモモンガが生息しているという話を聞いた事が無い。モモンガ自体が生息していないのであれば、モモンガの妖であるという百々爺もやはりそこには居なかったのだろう。