143_アートギャラリー
「えっ、アートギャラリー?」
どちらかというと体育会的な環境で育ってきた琥太郎にとって、アートギャラリーというのは名前は聞いた事があっても、具体的にどのようなところかというのがよくわからない。
「うん、美術館とかも行ってみたいけど、とりあえずは生前によく行ってたギャラリーがどうなってるかとか、今時のアーチストの作品がどんな感じなのかとか気になるから、そういうのを久しぶりに見に行ってみたいなぁ。」
「ごめん、俺、アートギャラリーって行った事がないんだけど、小さい美術館みたいな感じなの?」
「う~ん、ちょっと美術館とは違うかなぁ…。美術館は展示してるのを見るだけだけど、アートギャラリーは販売も目的にしてるんだよ。そのかわり、販売が目的だから美術館みたいに入館料を取られたりしないのと、ギャラリーによっては作品を描いたアーチストさんがその場に常駐してたりして、直接話を聞けたりする事もあるかな。銀座で高額な絵を販売してる画廊とかはまたちょっと雰囲気が違うけど、この辺のギャラリーはどちらかというと若い人の作品が多かったりして、敷居も低いと思うよ。」
「絵を買わないで見るだけでも平気なの?」
「うん、全然問題ないよ。特に若い作家さんは、まずは自分や作品を知ってもらいたいと思ってたりするから、別に作品を購入しなくても見に来てくれただけで喜んでくれる人も多いと思う。」
琥太郎は中学生の頃、美術の授業で最低評価の1という成績を何度かとった事がある。専門家から客観的に見て、琥太郎には美術の才能が乏しいと判断されていたようだ。何より琥太郎自身、これまでの人生で絵に特別興味を持った事が無かった。
「なんか俺にはこれまで縁の無かった世界だから、せっかくの機会だし流伽と一緒に行ってみようかな。流伽が良ければ、今度の週末にでも行く?」
「本当?! 嬉しい! 行きたい!」
流伽が前のめりで琥太郎のお誘いに乗ってきた。
「美澪はどうする? 一緒に行く?」
「う~ん、絵かぁ…。 私はパス。酒呑童子との模擬戦に備えて、もっと練習をしておきたい。」
美澪の方は、琥太郎が花園組との模擬戦のアポを取ると約束した事で、すっかりそちらに意識がいっているようだ。
「「……美澪はすっかりその気になっちゃてるみたいだし、これは本気で模擬戦の日取りを決めなきゃいけないなぁ…」」
週末、3つのギャラリーに行く事にした琥太郎達は、普段より遅めの時間に起きた。最初に行く予定のギャラリーが午後からという事で、流伽が用意してくれた朝食をとった後、午前中は部屋でのんびり過ごす事になった。美澪と流伽は一緒にデスクトップPCでゲームをやっている。琥太郎はベッドに横になりスマホで小説を読んで過ごす。
お昼をまわったところで、琥太郎と流伽が出発しようとすると、美澪も練習に行くという事で一緒に家を出る事になった。美澪は明治神宮の杜に向かうらしい。代々木公園との境目あたりの杜は人けがないとの事で、そのあたりで練習するという事だ。
「美澪、神様に難癖つけられるといけないからさ、なるべく明治神宮の本殿の方には近づかないようにしてね。それと、あのあたりの木は倒したり傷つけたりしたら問題になるから、そういうのも絶対ダメだよ。それ以外にもとにかく気を付けてね。」
「うん。大丈夫。琥太郎は早く模擬戦の日取りを決めてね。じゃあね。」
そう言うと、不可視状態の美澪は文字通り飛ぶように走って行ってしまった。
今日は流伽も不可視状態のままだ。可視化した状態で外出して終日過ごすのは、出来なくはないもののちょっと疲れるとの事だった。流伽が不可視状態ではあるものの、あまり日光が得意でない流伽のために、琥太郎は日傘をさして出発する。
「じゃあ、最初は初台にあるギャラリーからね。」
流伽はそう言って、今日も早速腕を組んできた。黒の長袖のワンピース越しに伝わってくるその感触は、相変わらず破壊力抜群だ。前回流伽と食材の買い出しに行った時には動揺したのが伝わって笑われてしまったので、今回はとにかく平常心を心がける。
「俺もなんかちょっとワクワクするなぁ。あのお店、時々前を通ると雰囲気があって気になってたんだよね。」
「うん、あそこは展示される作品は毎回常に癖があるわけじゃないんだけど、ギャラリー自体に雰囲気があるもんね。」