142_ビッグネーム
「う~ん…、だってさぁ、美澪だけ1人で模擬戦に行かせるわけにいかないでしょ。だから当然俺も一緒に行く事になるよね。そうすると、俺は俺で曖然親分から手合わせをしろって言われちゃってるからさぁ、今度行ったら俺まで曖然親分と模擬戦をせざるをえないと思うんだよね。出来ればそれは避けたいっていうか…」
「琥太郎なら誰が相手でも負けるわけない。だから問題ない。」
「いやいや、勝てるからいいっていうんじゃなくてさ、なんていうか、これ以上あまり目立ちたくないっていうかさ…」
「やっぱりぬらりひょんの曖然親分も強そうなんですか? ぬらりひょんも昔から伝説の大親分って言われてますけど、私もぬらりひょんに関してはよく判らないんですよね。」
「俺も詳しい事は全然判らないんだけど、最初に街中で俺達を攻撃してきて、その後和解したムギとミックは、酌威さんも曖然親分には敵わないみたいな事を言ってたかなぁ。」
確かにぬらりひょんに関しては、物凄く有名な妖であるにも関わらず、なんだかよくわからない事が多い。琥太郎もぬらりひょんについては、存在感が無いとか、気配が薄くて家の中に入ってこられても気づかない妖であるといった事はなんとなく聞いた事がある。あわせて、やくざを纏める大親分だといった話も聞くが、なぜぬらりひょんが親分なのかだとか、どんな技を使って強いのかといった事はよくわからない。
「私は問題ない。だから琥太郎が模擬戦をセッティングしてくれないなら、1人でこないだの事務所に行く。」
「いやいや、それは駄目だってば。」
美澪が1人で事務所に乗り込んで模擬戦を挑むといった事になると、それこそほとんど殴り込みと変わらない気がする。さすがにそんな事をさせるわけにはいかないだろう。
「う~ん、わかったよ。今度歌舞伎町でムギかミックを見かけたら、美澪の模擬戦の話をしておくよ。模擬戦が決まったら風音さんも一緒に行く?」
どうせ行かざるをえないのであれば、なんとなくまわりも一緒に巻き込みたくなるのが人情だ。
「えっ、私ですか?! え~っと、私はやめときます。だって、そこってヤクザの事務所なんですよね。だとすると、陰陽師は嫌われている可能性が高そうですから、私は陰陽師ではないとはいえ、ちょっと危ない感じがします。」
「あっ、そうか。確かに陰陽師が恨みを買ってたりしたら、風音さんも危ないもんね。」
風音さんが言うように、ヤクザという事であれば仲間が陰陽師に祓われた過去があってもおかしくなさそうだ。素直に美澪と2人の方が良いだろう。
「「……だけどムギやミックと話すとなると、あいつらに会わなきゃいけないけど、そんなに都合よくムギやミックに会えるのかなぁ。やっぱり連絡先をちゃんと聞いとけばよかったかも。まあ、ムギやミックの「気」はなんとなく覚えてるから、歌舞伎町界隈で気配を探ればそのうち見つかるかな…」」
その後風音さんから、模擬戦が決まったら教えて欲しいとか、酒呑童子やぬらりひょんの戦い方とか普段の様子なんかも判ったら教えて欲しいといった事を頼まれた。陰陽師として研究するというよりは、単なる風音さんの好奇心のようだ。やはりこれだけビッグネームが出てくると、風音さんもかなり興味を惹かれるのだろう。風音さんの乗る京王線の改札口までそういった話を延々と続けながらこの日は風音さんと別れた。
「「……はぁ・・・、俺も模擬戦を覚悟しとかなきゃだな・・・」」
美澪と一緒に帰宅すると、夜遅いにも関わらず流伽が夕飯を用意して待っていてくれた。
「うわ~、流伽、こんなに遅くなっちゃったのにありがとう。」
「全然平気だよ。夕飯を用意して温めなおすだけにした後は、押し入れでゴロゴロして待ってただけだもん。だけど、帰る前に帰宅時間位は連絡が欲しかったかな。そうすれば、それに合わせて温めて待ってたのに。」
「そうだよね。ごめんごめん。今度から気を付けるよ。」
一人暮らしが長かった琥太郎は、こうしてきちんと夕飯の支度までして待っていてくれる流伽がありがたいし、同時に申し訳なくも思ってしまう。
「ねえ、流伽はまた何か食べたい物とか行きたいところとかない?」
「アートギャラリーに行きたい!」