141_言い様
風音さんがその目を大きく見開いて、美澪と琥太郎の顔を交互に何度も見返している。
「美澪、あれって倒したわけじゃなくて、一応勝負がつく前に模擬戦が中断しちゃったんだってば。」
「琥太郎は普段どおりでなんともなかったのに、酒呑童子はボロボロになってた。勝負は誰が見ても一目瞭然。」
「いや、だけどさぁ…、倒したとか言ってたら、おれがまわりに吹聴してまわってるみたいじゃん。一応決着がつく前に模擬戦を中断したのは間違いないんだからさぁ、あんまり外でそういう事言わないでよ。」
「ちょっと! 琥太郎先輩も美澪も、2人で話してないで、いい加減私にも教えてください!」
そうこうしているうちに、乗り換えの電車がやってきた。夜が遅いとはいえ、都心の電車はかなり混雑している。
「風音さんごめん、混雑した電車の中で話すような事じゃないからさ、ちょっと待ってて・・・」
「えぇっ~、そんな…」
風音さんが話を聞けず、すがるような顔で琥太郎達を見ている。しかし、さすがに周りの人達にこんな話を聞かれるのはまずいだろう。結局、電車が新宿駅に到着してから、風音さんが乗り換える京王線に向かう途中で続きを話す事になった。
「はぁ、この時間はやっぱり電車も混むね。酔ってる人も多いし…」
「そんな事より、さっきの話を教えてください!」
「あっ、うん、え~っとね、酒呑童子の酌威さんっていうんだけど、京都じゃなくて普通に新宿にいたよ。」
新宿駅で電車を降りると、さっそく風音さんが話の続きを催促してきた。そこで、プールに行った帰りに歌舞伎町で花園組の若い衆に襲われて、その後花園組に行ったら酌威さんと模擬戦になったという事を説明した。
「それって、ヤクザの集団に襲われたけどそれを返り討ちにして、更にそのやくざの事務所に乗り込んで若頭の酒呑童子まで倒してきたって事ですよね。」
なんだか風音さんの言い様がちょっと酷い気がする。
「いやいや、確かに若手の4人に関しては返り討ちって事になるのかもしれないけど、彼らとはちゃんと和解したし、話してみると凄く良い奴等だったんだよ。それに、事務所には乗り込んだんじゃなくて、お詫びに行ったんだってば。その後の模擬戦だって、途中で地下の天井に穴を開けちゃって、そこから親分の曖然さんが帰ってきたから、そこで模擬戦は中断して終わりになっちゃったんだってば。だから、一応勝負はついてないって事だよ。」
「だけど、美澪の話だと、少なくとも琥太郎先輩が優勢で酒呑童子をボロボロにしてたんですよね。琥太郎先輩だって、今、「一応」とか言ってるし。」
「う~ん、それはなんというか、たまたまそんな感じになっちゃったというか…」
「はぁ~…、本当に琥太郎先輩ってどこまで無茶苦茶なんですか。酒呑童子っていったら、日本三大妖怪なんて言われる位、歴史に残る大妖怪ですよ。そんな大妖怪と模擬戦をしたってだけでもありえない事なのに、無事だったどころか、無傷で勝っちゃってたとか、陰陽師の父や兄に言ったって、そんなの絶対信じてくれないですよ。」
琥太郎も酒呑童子と聞いて大物だという認識を一応は持っていたものの、専門家である風音さんからすると、琥太郎の認識程度では全然足りないようである。
「それで、なんで美澪まで模擬戦をする約束になってるんですか?」
「天井に開けちゃった穴から、美澪が地下の訓練場に入ってきた時に、曖然親分の前で美澪も模擬戦をしたいって言ったんだよね。そしたら、それを聞いていた曖然親分が、若いもんのいい刺激になるだろうって言って受け入れてくれたんだ。」
「そうだよ。だから琥太郎は早くそれをセッティングして。」