140_地元の大妖怪
その後、咲蔵と別れた琥太郎達は、既に時間も遅いという事で食事などには行かず、そのまま帰る事になった。
「美澪、今日はありがとう。琥太郎先輩もわざわざどうもありがとうございました。」
帰りの電車の乗り換え待ちの際、風音さんが琥太郎達にあらためてお礼を述べてきた。
「私、陰陽術の練習を続けてはいるものの、自分の実力が実際にどれくらいなのかというのがよく判ってないんですよね。実家にいて陰陽師の見習いをしていた頃は、父や兄といった現役の陰陽師がいたので、現役の陰陽師の陰陽術を目にして、アドバイスなんかももらう事が出来てました。だけど当時はベレーさんを顕現させる位しか出来てなかったので、父や兄とはあまりにも実力差がありすぎました。今は琥太郎先輩のおかげで、ダディや今日のドローンみたいな式神なんかも顕現させて使役する事が出来るようになりましたけど、いつも一人で練習してるので、比較対象みたいなものが何も無いんです。だから、今の自分の陰陽術のレベルがどの程度なのかというのがやっぱりよくわからないんです。それが今日は、模擬戦とはいえ実戦のような経験をさせてもらえた事で、あらためて自分の実力がまだまだだという事を把握する事が出来ました。だから、私にとって今日みたいな機会は本当にありがたかったです。本当にどうもありがとうございました。」
「いやいや風音さん、今日のは美澪だって凄く乗り気だったし、美澪にとっても有意義な時間だったと思うよ。」
「うん。風音は弱くはない。私はかなり強い。だから、私に模擬戦で負けたからといって、それは仕方ない。」
相変わらずの自信に溢れる美澪の言葉だが、確かに美澪がかなり強い妖であるのは間違いないだろう。とはいえ、それがどの位なのかといえば、琥太郎にもはっきりとしたレベルや位置づけのような物がわからなかった。
「ねえ美澪、美澪が強い妖だっていうのは俺もそう思ってるんだけど、実際のところ、美澪って妖の中だとどの位強いの?」
「私も自分がどの位出来るか知りたい。琥太郎、前に約束した、酒呑童子との模擬戦を早くセッティングして。」
「えっ、酒呑童子?!それって、いわゆる大妖怪じゃないですか…、そんな凄い妖と模擬戦って、そんな事が可能なんですか?たしか酒呑童子って京都の大江山にいるんじゃないんですか?」
酒呑童子の名前を聞いて、風音さんが驚愕している。
「ちょっと風音さん、声が大きいってば。」
「あっ、ごめんなさい…」
電車待ちをしている周りの乗客の目が、いきなり大きな声を出した風音さんの方に向いたのに気づいて、風音さんが顔を赤くしつつ、今度は小声で琥太郎に抗議してきた。
「ちょっと琥太郎先輩!琥太郎先輩がとんでもない事を言い出すからじゃないですか?」
「いや、そんな・・・、今の言い出したのって美澪だってば。」
「もう、そんな事どっちでもいいです。それよりも、酒呑童子と模擬戦ってどうなってるんですか?!」
京都出身で実家の親兄弟が陰陽師である風音さんにとって、酒呑童子は日本中に名を轟かせる地元の大妖怪である。そんなビッグネームが突然出てきたので驚きが収まらない様子だ。
「琥太郎が模擬戦で酒呑童子を倒した。だから今度は私が模擬戦をする約束になってる。」
「はぁ?!?!」
「「……あれっ? たしかに美澪も模擬戦をするみたいな流れになってたと思うけど、あれって別に酒呑童子の酌威さんとってわけじゃなくて、花園組の若手とって事だったような気もするけど・・・、美澪も強いから、まあいいのかなぁ…」」
「えっ、ちょっと!… えっ、模擬戦で倒したって、美澪と琥太郎先輩って、京都まで行ったの?! というか、そもそも酒呑童子と模擬戦なんて出来る事がおかしいってば。しかも倒したって、いったいどういう事?…」