138_演算処理
模擬戦の最後は美澪が風音さんの結界を攻撃する前に琥太郎が止めた。琥太郎が感じ取っていた風音さんの結界の霊気の濃度では、美澪の妖気と徑を纏った突きには耐えられないだろうという判断だった。美澪の突きが風音さんの突きを破った上に、結界の中にいる風音さんにまで突きの威力が伝わってしまっては、風音さんが更にお札等で防御手段を持っているかもしれないとはいえ流石に危険だろう。
ここで、風音さんが顔を上げて美澪の方を見た。
「美澪、ありがとう。私も鍛錬して、前よりも凄く成長出来たつもりでいたから、今回は美澪に勝てるかもって思ってたんだけど、美澪がこんなに進歩してるなんて思わなかったなぁ。なんかちょっと悔しいけど、もっと強くなれるように頑張るから、またそのうち模擬戦してね。今度こそ美澪に勝てるように頑張るから。」
「ん。次も負けない。だけど、今日風音に勝てたのは琥太郎のおかげ。琥太郎は凄い。」
美澪が、こんな時でも琥太郎の事を称賛している。
「美澪はいつも琥太郎先輩が凄いって言ってるけど、今の美澪よりも琥太郎先輩の方がまだ強いの?」
「琥太郎の方が強い。一昨日も模擬戦して負けた。というか、そもそも琥太郎がもしも本気を出したら、私なんか全く勝負にならない。模擬戦は琥太郎が私に合わせて手加減してくれてる。」
「えっ、そんなに?!…」
風音さんがなんだか凄い目で琥太郎の方を見ている。なんだかちょっと気まずいので、琥太郎は話題を変えてみた。
「風音さんはさっき、ドローンみたいのを2機顕現させてたでしょ?あれをもっと増やしたり、ドローンじゃなくてダディを2人にしたりっていうのは出来ないの?」
「はい。いろいろ試してみてはいるんですけど、今の私だとまだ力が足りないみたいなんですよね。ドローンを3機にするというのは結構練習してみてるんですけど、今回みたいにダディのサポートと私の防御というように役割を分けても、それがちょっと曖昧になっちゃったりするんです。さらに、個々の状況判断も精度が落ちちゃうので、同士討ちになっちゃったりとか、味方が邪魔になって動きが止まっちゃったりとかして、全体の総合力としては、ドローンを増やした方がむしろ下がっちゃう感じですね。ダディを2人にした場合にも、ダディが今ほど細かい思考や判断が出来なくなるので、同じような結果になっちゃうんです。今日みたいな模擬戦じゃなくて、もっと単純作業だったり、単純に火力を上げたいみたいな感じであれば、もっと式神を増やすのもありなんですけどね。」
風音さんの式神たちは、風音さんが細かく操作しているというよりは個々にAIを搭載していているような感じだ。それにより、それぞれが個々の判断で自由に動いているように見えるが、それを増やすとなると、おおもとで指揮をとる風音さんに求められる演算処理能力も格段にあがってしまうのだろう。
「なるほど…、それと最後は俺が勝手に模擬戦を止めちゃったけど、風音さんはもしも自分に張ってた結界を破られちゃっても、まだ大丈夫だった?」
「いえ、あれは止めてもらってよかったです。一応、常に身代わりのお札を身に着けてはいるので、1回だけなら美澪の攻撃を受けても、たぶん体は大丈夫だと思います。とはいえ、ダディに放った威力の攻撃を受けるのはやっぱり怖いですし、体が無事でもそのあとすぐに私から何か出来たとは思えないです。今日のは本当に完敗だと思ってます。」
やはり風音さんは自身の身代わりのお札もちゃんと用意していたようだ。しかし、さっきの美澪の突きを見ても、1回だけなら大丈夫だと言えるというのは、お札の性能も本当に凄いのだろう。
ここで、美澪の突きを見て、びっくりして固まっていた咲蔵が美澪に声をかけた。
「ねえ美澪、僕も美澪の突きを受けてみたい。」