133_仔猫
琥太郎がギュッと意識を集中して、まわりの「気」を探る。すると、なんだか美澪の妖気の残り香のようなものをうっすらと感じる。
「んっ? こっちかなぁ。なんか近くにいるっぽい。」
琥太郎は風音さんにそう伝えて歩き出す。
琥太郎の会社の一つ隣の路地に行くと、そこにはお寺があり、敷地内には墓地もある。
東京暮らしが長くなってきた琥太郎には既に見慣れた風景だが、空を見上げると、西新宿の超高層ビルが立ち並ぶ場所に、こうした墓地がある風景というのは、東京に来たばかりの頃の琥太郎には不思議に映った。
路地の先を見ると、美澪はその墓地にいた。
「美澪~!、 何やってるの~?!」
琥太郎が美澪の方へと声をかける。
美澪はチラリと琥太郎の方を見てから、再び琥太郎から視線を外し、直後にドッと強い妖気を発した。
「えっ、美澪、マジで何してるの?!」
美澪は一瞬強い妖気を発した後、斜め下を向いて、何かに向かいゴソゴソと話しかけていた。しかし、すぐにその話も終えたようで琥太郎達の方へと歩いてきた。よく見ると、腕に何かを抱えている。
「えぇっ、美澪が見えてる?!」
こちらに歩いてきた美澪を見て、今度は風音さんが驚いた声を発した。美澪が可視化している事に驚いたようだ。
「あっ、そうだ。風音さんには言ってなかったよね。美澪が可視化出来るようになったんだ。」
「えっ、凄い! なんだか美澪が普通に見えてるのって不思議な感じがする。だけど…、美澪が手に持ってるそれって、霊だよね?」
風音さんが言うとおり、こちらに向かって歩いてきた美澪の手には、小さな仔猫の霊が抱えられていた。
「虐められてたから助けてあげた。」
「誰が虐めてたの?」
「野良猫。生きてるやつ。」
美澪から詳しく話を聞いてみると、琥太郎の会社の前に到着した美澪の近くに、野良猫に追われている仔猫の霊が逃げてきたそうだ。美澪が様子を伺っていると、追ってきた野良猫が仔猫の霊をいたぶるように虐めて遊んでいたので、なんだかムカついてお仕置きしていたらしい。妖気の結界で野良猫を動けなくした上で、妖気に怒気と殺気を乗せて野良猫にぶつけてやったそうだ。仔猫の霊を抱いた状態でお仕置きして、2度と虐めるなとキツく言い聞かせたところ、野良猫は失禁する程ビビりまくっていたので、もうこの子猫を虐める事はないだろうと美澪は言っていた。
美澪は水虎なので、一応は虎という事になるのだろうか。しかも、普通の虎よりも更に断然強いはずなので、猫界のヒエラルキーでいくと、美澪は限りなく最上位という事になると思う。街中のただの野良猫が、猫科最上位に位置する美澪から直接怒気や殺気をぶつけられてはひとたまりもないだろう。美澪の言うとおり、その野良猫がそうそう同じ事を繰り返すとは思えない。
「美澪、その仔猫どうするの。」
「もう安全だから、ここに置いていく。」
美澪が腕に抱いて撫でていた仔猫を地面におろす。
「もう大丈夫だから、お家にお帰り。」
美澪が仔猫にそう言うと、しばらく美澪の顔を見上げていた仔猫が、墓地内の菩提樹のオブジェの方へと走っていった。そこで再び美澪の方を振り返りニャアと一声鳴いた。
「またくるからね。じゃあね。」
菩提樹のオブジェの元でこちらを見ている仔猫に琥太郎達も手を振ってその場を離れた。
「美澪は、元通りまた見えなくもなれるの?」
「問題ない。見えなくなるのは簡単。可視化するのも、コツを覚えたらそれほど難しくない。」
「ふふふ、こうして普通に見える状態の方が、まわりに変に気を遣わなくていいからいいね。」