127_きっかけ
翌朝、会社に行く前に流伽に声をかけてみた。
「今夜は特に何も予定が無いんだけど、流伽がよければ一緒にご飯を食べに行かない?」
「えっ、うん、行ってみたい。」
「流伽は食べたいもの決めた?」
「うん、カレー屋さんに行きたい。家だと作れない、インド風のカレー。」
「あっ、いいね。俺も食べたい。じゃあ、今夜会社が終わったら真っすぐ部屋に帰ってくるね。それから一緒に行こう。美澪も大丈夫だよね。」
「うん。琥太郎が帰ってくる時間には家にいるようにする。」
美澪は、日中は明日の模擬戦に備えて、まだ少し練習をしてくるとの事だった。
以前は押し入れから出てくる事すらあまり乗り気でないような感じだった流伽だが、今日は琥太郎とご飯を食べに出かけるのが楽しみな様子だ。
会社で風音さんに明日の模擬戦について確認し、予定通り仕事が終わってから咲蔵のいる品川埠頭へと向かう事になった。
「なんだか楽しみなのと同時に、ちょっと緊張してきちゃいました。美澪の新しい技ってどんな技なんですか?」
「それは今は俺からは言えないかなぁ。だけど、美澪も凄く楽しみにしてるみたいだったよ。」
「琥太郎先輩のその言い方って、なんだか凄い技を用意してそうですね。」
「う~ん、まあ確かに強力だと思う。」
「そっかぁ…。私も山中湖で模擬戦をした後から、全然対応出来てなかった美澪のスピードに対して、いろいろと考えたんですよね。明日はその成果を見せますからね。」
「うん、俺も楽しみにしとくよ。それと、俺は2人がなるべく気兼ねなく思いっきり出来るように、周囲への安全対策とかそういうのを頑張るよ。」
風音さんは美澪のスピードに対して対策をしているという事のようだが、どんな事をしてくるのだろうか。風音さんと話をしてみて、あらためて琥太郎も明日の模擬戦が楽しみになってきた。
この日もほとんど残業はせずに退社する事が出来た。仕事を終えて帰宅すると、既に流伽は外出の用意を終えていた。美澪は、なんというかいつも通りだ。
「琥太郎お帰り~。 疲れたでしょ。一休みしてから出かける?」
「うん、別に疲れてるってわけじゃないんだけど、近くのインド料理屋さんに19時半に予約したんだ。だから、もうちょっとしたら出かけようか。」
「えっ、予約までしてくれてたの? ありがとう。嬉しい。」
琥太郎の自宅周辺にはいくつかのインド料理やネパール、バングラデッシュ系のカレー屋さんがある。その中でも、西新宿五丁目駅近くにあるインド・ネパール系のカレー屋さん"インポッシブル"が琥太郎のお気に入りだ。今夜は3人で出かけるという事で、一応昼のうちに琥太郎が予約をしておいたのだ。
お店までは歩いて15分弱なので、一休みして19時過ぎに家を出た。
「はぁ~、なんだか風が気持ちいい! 月も大きくて綺麗だね。あともうちょっとで満月なのに、ちょっとだけ欠けちゃってるのが残念だなぁ。」
流伽が夜空を見ながら背伸びをしている。
9月も終わりが近づいてきた。日中はまだまだ暑い日が多いものの、夜間は長時間夜風に当たっていると肌寒く感じる位だ。残念ながら今夜は満月ではないものの、お月見シーズンという事もあり、月も都庁の2棟並んだ上層階の斜め上で綺麗に輝いていた。
「流伽って今までは外を出歩く事って無かったの?」
「うん、もともと引きこもり気味の出不精だったったしね。それに殴られて殺されちゃってからは、尚更人に会うのが嫌になっちゃってたから、霊になってからはずっと部屋の中だけで過ごしてたよ。だけど、こないだ食材の買い出しに行った時にも感じたんだけど、琥太郎と一緒なら、たまにはこうして外に出てみるのもいいかもって思うようになった。」
「そっか。それはきっといい事なんだろうね。流伽がそう思えるようになるきっかけになれたのなら俺も嬉しいよ。」