103_十兵衛爺ちゃんの突き
翌朝は7時半頃に美澪がゴソゴソと起き出したのにつられて琥太郎も目が覚めた。
台所では流伽が朝食の用意をしてくれている。
「美澪、おはよう。流伽もおはよう。」
流伽はご飯を炊いて、それとは別に今朝も食べるならという事で、昨晩の残りの栗ごはんをおにぎりにしてくれていた。栗ごはんのおにぎりは余ったら冷凍庫で凍らせて保存しておくらしい。
流伽にお礼を言ってさっと朝食を済ませると、早速美澪と練習のために今日も代々木公園へと向かった。
公園に到着して公園奥の比較的人が少ない場所へ移動すると、早速美澪が昨日の続きを始めた。琥太郎も美澪の足の裏で生まれた「気」のようなエネルギーの動きを都度美澪に伝えつつ、琥太郎自身も同じ事をやってみる。
美澪は、足を踏み込むのと同時に上半身を大き目に揺するようにしながら、いろいろと試しているようだ。琥太郎が見ると、美澪の足の裏で生まれた「気」のようなエネルギーは、既に美澪のお腹の下の方の丹田近くまで動くようになっていた。それに対して、琥太郎の足の裏で生まれる「気」のようなエネルギーは琥太郎が突きの動作とともに動かそうとしても、まだ膝にも届いていない。一応は美澪に教える立場で一緒に来ているにも関わらず、これには琥太郎もちょっと情けない気持ちになる。
しばらく2人でそれを続けていたところ、丹田のあたりまで届きそうになっていた美澪の「気」のようなエネルギーが、突然美澪の突き出した右拳まで一気に流れるのが琥太郎に見えた。
「えっ?!」
琥太郎が驚いて美澪の顔を見ると、美澪も今の動作の際に何かを感じたのか、同じようにはっとした顔で琥太郎の方を振り返っていた。
「美澪、今の、出来てたっぽい!」
琥太郎が美澪にそう伝えると、美澪はゆっくりと息を吐いてから、再度突きの動作を行った。
「ふんっ!」
「おぉっ! やっぱり出来てる。十兵衛爺ちゃんの突きと同じように、足の裏で発生した「気」みたいなエネルギーが、突きと一緒にしっかりと拳に流れてきてる。」
「やったぁ!」
美澪が旨の前で両こぶしを握りながら小さくガッツポーズをしている。そこから琥太郎に向けてVサインをしてきた。
「なんか琥太郎が出来たっぽいって言った時、自分でも拳の先に力が流れてくるような感じが判った。」
「美澪、もう出来ちゃうなんて、やっぱり凄いよ。だけど何で急に出来たの? さっきまでは足の裏で生まれた「気」みたいなエネルギーがお臍の下くらいまでしか動いてなかったのに。」
琥太郎も、まさかこんなに急に成功するとは思わなかった。なぜ急に出来るようになったのかが不思議だ。
「なんか、丹田のあたりまでは持ってくるのが凄く大変だったけど、丹田を過ぎたら急に楽に動いた感じ。なんか、丹田が山の峠みたいな感じで、丹田まで頑張って上ってくると、そのあとは一気に下り坂を下った。」
美澪は相変わらず感覚派といった感じだが、それでも、なんとなく美澪の言わんとする事は判る気がする。
今の突き、試しに俺に打ってみてもらってもいい?」
「うん、わかった。琥太郎、覚悟!へへへ」
美澪がニコニコ顔で琥太郎の正面に立つ。そこからゆっくりと深く息を吐いてから、琥太郎の腹に中段突きを放ってきた。
「ふんっ!」
ドスッ
「うっ…、これだよこれ。十兵衛爺ちゃんの突きみたいに、なんだか「気」の防御を突き抜けて体の中に入ってくるみたいな感じがする。今までの美澪の突きと全然違うよ。」
普段の直接の打撃や妖気などの攻撃の際は、琥太郎の「気」の防御の表面に衝撃を感じるのだが、今の美澪の突きは、「気」の防御の表面にはあまり衝撃がなく、なんだか突きの威力が真っすぐに刺さってくるような感触だ。もちろん、それで琥太郎がダメージを負う事はない。しかし、普段はほとんど感じる事のない衝撃をピンポイントで、それも体の中にまで感じる。
「琥太郎、この突きと感触を忘れないように、あと何発か琥太郎に今の突きを打っても大丈夫?」
「うん、もちろん大丈夫だからいいよ。」
「ふんっ!」
ドスッ
「ふんっ!」
ドスッ
「ふんっ!」
ドスッ……
美澪が左右交互に今の突きを打ってくる。
一度コツを覚えてしまったおかげか、最初に成功したのは右手だったのだが、左手でも問題なく同じ突きが打てるようだ。
しかも、琥太郎に繰り返し突きを打っている間に、突きのキレや威力も上がってきている。既に十兵衛爺ちゃんの突きよりも美澪の突きの方がはるかに威力が上だ。