第九十八話「盛り上がる歓迎会」
歓迎会が始まり、一時間ほどでみんな出来上がっていた。
「うぉおおおおぉお! 俺に勝てるやつはいえねぇのか!」
丸太の上で腕相撲をして盛り上がる男たち。
現在連勝を続けているのはビーガルだ。
そんな絶好調の彼に、村に来たときに案内してくれたダラスクが挑みに行く。
「ふっ、次はダラスクか……!」
「今度こそ、完璧な圧勝で思い知らせてやる」
挑むような視線をビーガルに向け、ダラスクは煽る。
「そうはいかねぇぜ! 幼馴染として一緒に育って早三十九年、俺の方が成長しているってことを分からせてやるよ!」
その煽りにもビーガルは不敵な笑みで返し、いざ勝負が始まった。
「いけッ、ビーガルッ!」
「ビーガル、お前に賭けたんだからぜってぇに勝てよ!」
「負けるんじゃねぇ、ダラスク!」
「お前が負けたら俺は大損になっちまうからな! 絶対に負けるなよ、ダラスク!」
どうやら賭けが行われていたらしい。
野次馬たちがやいのやいのと騒ぎ立てて、盛り上がり具合がさらに高まっていく。
みんな死ぬほどお酒を飲んでいるのもあり、熱気が凄かった。
「グヌヌヌヌヌヌッ!」
「うぉおおおおぉお!」
互いの腕は一切動かない。
まるで一緒くたに石にでもなったかのように、その勝負は拮抗していた。
そのとき、ビーガルの背後から声が聞こえる。
「ビーガル、負けたら一週間夕飯抜きですからね」
その声はビーガルの妻だった。
大声ではなかったものの、その声はやけに響く。
それを聞いた瞬間、ビーガルが一気に押し始めた。
「グッ……! グアァアァアアアアア!」
そして、最終的にダラスクの手の甲が丸太につき、勝敗が喫した。
「はあ……はあ……。俺の負けか……」
「そうだな! お前の敗因は、結婚をしなかったことだな!」
落ち込んだ様子のダラスクと、勝ち誇っているビーガル。
ビーガルの勝因が結婚して尻に敷かれていたことだなんて、世の中なかなか不条理なものだと思った。
「だが! 俺には分かったぜ! ダラスク、お前、俺の夕飯を心配して、一瞬気を抜いただろ!」
「……ちっ、バレてたか」
「ふっ……。だがまあ、それはお前の気の緩みだ。勝利は譲らないぜ?」
悔しそうにするダラスクに、ビーガルは容赦なくそう言った。
しかもなぜかハードボイルドでニヒルな笑みを浮かべている。
「……ビーガル。それは漢としてどうなのでしょう? 正々堂々の勝負を放り出すなんて」
だが、ビーガルの背後から冷たい声がかかる。
また彼の妻だ。
その言葉にビーガルの表情は一瞬にして凍り付いた。
「え、ええと……それでも勝ちは勝ちだし……」
だんだん声が小さくなっていくビーガル。
最終的には蚊の鳴くような声よりも、さらに小さくなっていた。
「はあ……。これで勝った気でいるのはダラスクに申し訳が立たないでしょう。やはり夕飯抜きです」
「なっ……!? そもそもと言えば、夕飯抜きだなんて声をかけられたのが原因——「何か?」
空気が凍った。
「いえ、何でもありません」
ビーガルは落ち込んだように肩を落とした。
なんか、結構不憫なことになってないか……?
そう思ったが、ここでビーガルに加勢する勇気なんてなく。
しばらくの間、ビーガルの周囲だけドヨンとした空気が流れているのだった。
これって……試合にはビーガルが勝ったけど勝負にはダラスクが勝った、ってやつなのだろうか……?




