第九十五話「大雑把な村人たち」
「こっちだよ」
ジン君にそう案内されながら森の中を歩く。
三十分ほど歩いただろうか。
ウチェットが定期的に小突いてきたり周りをグルグル回ってきたりしたが、なんとか森を抜けて村に出た。
森を開拓して作られた村のようだ。
「村の雰囲気は人族のところとあまり変わりないんだな」
「そうなの? 僕は村から出たことないから分からないや」
俺の言葉にジン君がそう返す。
畑があり、少し外れに煙突から煙を立てている鍛冶場があり、水路が引いてあって、みたいなところは全部同じだ。
唯一の違いは、木造の建築ではなく、石造りの建物が多いってことくらいか。
「あれ、ジン。そいつぁ誰だ?」
ジン君の後に続いて村に入り、荒い道を歩いていると、村人に出会った。
紫色の肌をして、筋肉隆々の魔族の男だ。
だが魔王たちのような洗練された感じはなく、どちらかと言えば素朴な感じを受けた。
「ああ、ダラスクさん。この人は森の中で出会ったんだ。王都への道を聞いて、騙されて崖を歩いてたんだって」
「ほお……あの崖を通ろうとして無事だなんてな。なかなかやるじゃねぇか、はははっ!」
ダラスクと呼ばれた村人は感心した目で俺を見ると、快活に背中をバシバシ叩いてきた。
痛い、痛い。
やはり魔族の力が強いというのは本当らしく、軽い感じだったのにメチャクチャ痛かった。
「あそこは飛竜どもの縄張りだからな。普通は死んでるでよ」
「……やっぱりそうか。襲われて、一回は本気で死ぬかと思ったところだ」
「マジかよ、飛竜に襲われて生き延びたのかよ! おめぇ、ツいてるのか、ツいてねぇのか分からねぇヤツだな!」
そう言って、またバシバシ背中を叩いてくる。
この村が大雑把な村なのか、はたまたこの男だけが大雑把なのか。
魔族全体で見ると大雑把ではなさそうなのは、街で騙されたことや魔王たちの行動を省みればよく分かるが。
しかし魔族に対する偏見は、人によっては当てはまらないと身をもって教えられている気分だった。
「って、ダラスクさん、もう行くからね。アリゼさんを村長に紹介しないと」
「ああ、確かにそうだな! アイツは馬鹿だが、おめぇもきっと気に入るぜ!」
ジン君の言葉にダラスクは頷くと、それだけ言って畑仕事に戻っていった。
「……確かに村長さんは少し馬鹿かもしれないけど、言うほどじゃないと思うんだよね」
ダラスクの言葉にブツブツと呟きながら、ジン君は再び歩き出した。
俺はそんな彼の背中を追って歩く。
しばらくして、ほかよりも少し大きめの家に辿り着いた。
「ビーガルさん、居ますかぁー!」
ジン君はコンコンと扉をノックして叫ぶ。
すると家の中からバタバタと騒がしい音が響き始め、バンッと力強く扉が開かれた。
「ジンッ! どうしたんでい、こんな時間によぉ! おめぇ、薬草探しに行ったんでなかったか!?」
圧の強い喋り方だった。
単純に声が大きいし、喋るたびに唾を飛ばしてそうな雰囲気すらある。
頭はスキンヘッドで、身体もダラスクより一回りも大きい。
ダラスクもなかなかデカかったのに。
見下げるようにジン君を見て、その後俺の方を見た。
「って、あんたぁ、誰だぁ!? ジンの友達かぁ!?」
「ああ、この人を紹介しに来たんだよ。森で出会ったんだ」
「ほぉ! こんな辺境の森にわざわざ来るなんて、てめぇ、相当な変わりモンなんだなぁ!」
がははっと笑い、さっきと同様バンバンと背中を叩かれる。
この村では背中を叩くコミュニケーションの取り方しか知らないのだろうか。
しかもダラスクよりよっぽど力強いし。
やっぱりこの雰囲気は、この村長会ってこそな気がするな。
ジン君だけが落ち着いていそうで、心の癒やしになるかもしれない。
「で、ビーガルさん。しばらくアリゼさんをこの村に泊めてあげてもいい?」
「もちろんいいぞ! うちの村で良ければクソ大歓迎だ!」
理由も聞かずに了承するビーガル。
やっぱり死ぬほど大雑把だな、この村。
「ありがとう。まあ泊まるって言ったって、二、三日だと思うけど、よろしく頼む」
「こちらこそよろしくな! 二、三日と言わず、もっと居たっていいんだぞ!」
ビーガルはニカッと悪意のない笑みを浮かべ、右手を差し出してくる。
俺はその手を握り返し、王都に向かう準備を進める少しの間、この村にお世話になることになるのだった。




