第九十三話「鍛冶師アレバの最期」
「聖剣……は……」
目を覚ましたアレバさんは一番最初にそう口にした。
慌ててアカネが鍛冶場に取りに行き、アレバさんに見せる。
「そうか……あれは夢ではなかったのか……」
そう呟きながら、彼の頬には涙が伝う。
そんな彼の傍にアカネが近づいていった。
「アレバさん。これでご恩は返せたでしょうか?」
「……十分すぎるくらいだな」
アカネの問いにぶっきらぼうに答えるアレバさん。
しかし彼の表情は穏やかだった。
そして力の入らない手で【聖剣ジジニシア】の剣身を撫でる。
「すまない、ユカリ、カナエ……。こんなもののために、二人が犠牲になって……」
おそらくその名前は亡くなってしまった妻と娘の名前なのだろう。
さらにアレバさんは、弱々しく言葉を続ける。
「バレル。お前はこんなもののために、あんな罪を犯したんだぞ……。自分の命すらも追い込んで。なあ、この剣がそんなに崇高なものに見えるか……?」
誰に聞かせるでもなく、淡々とアレバさんは言葉を紡いだ。
しかしその後、俺たちに視線を向けると、こう言った。
「一つ、最期にお願いがある。俺が死んだら、この剣を粉々に叩き割って俺の墓に入れてくれないか?」
「……分かりました。任せてください」
アレバさんのお願いにアカネがしっかりと頷く。
それを見たアレバさんは満足したように頷いて、こう言った。
「ありがとう。お礼に俺の作った最高傑作を渡そう。といっても、武器ではないがな。鍛冶場の棚の中に赤い石が入っているはずだ。あれは【魔力発信機】といって、他人の魔力を登録しておけば、遠く離れていても方角が分かる、って代物だ」
そう言うと、彼はふうっとため息を吐いた。
「それじゃあ、俺は眠ることにするよ。最期にこうして囲まれながら眠れて、俺は幸せなのかもな」
アレバさんは、目をつぶった。
呼吸が徐々に浅くなっていく。
医者の方を向くと、彼はゆっくりと首を横に振った。
こうして、長く苦しかった人生が一つ、ひっそりと幕を閉じたのだった。
***
俺たちは言われたとおり、聖剣を粉々に砕いて、アレバさんの墓に入れた。
彼の人生は、最初から最後まで【聖剣】というものに囚われ続けていた。
確かにそれは、完成すれば、人類の夢となり、希望となり得るものだったかもしれない。
だが彼の人生は果たして幸せだったのだろうか?
分からない。
分からないが、夢を追うことが、信念を貫くことが、幸せにならない人もいる、ということを知った。
この歳にもなってそんな教訓を得るとは思ってもいなかった。
——その剣は誰が為に。
俺はベアから受け継いだこの教えをずっと守って生きてきた。
今までは迷いもなく、この信念を貫けた。
しかし今回の出来事で、心の奥底に少し迷いが生じてしまった気がする。
果たしてそれを貫くことは、自分や他人を幸せにすることなのだろうか——?
分からない。
分からなくなった。
……。
…………。
「それじゃあ、俺はこっちに行くから」
「うん、また後で! 私たちはこっちだよね!」
「ニーナ、私たちはこっちですよ」
俺、ルインとナナ、ニーナとアカネ、の三グループに分かれて行動し、アーシャ、ルルネ、ミアを探すこととなった。
アレバさんからもらった発信機があれば、いつでも居場所が分かるから、手分けした方が効率がいいってことになったのだ。
そして別々の道に歩き出す。
俺は一人、魔族領に向かってひたすら歩くのだった。




