第八十九話「北部の雪原を渡って」
「防寒対策よぉし。装備よぉし」
それから一週間、俺たちは【果ての迷宮】に向けて準備を進めていた。
アカネだけアレバさんの家に住み込んでいたが、俺たちは近場の宿を借りた。
日に日にやつれていくアレバさんにみんなが焦っているのが分かった。
しかし焦りすぎて【果ての迷宮】に辿り着けなかったってことになっても、無駄な時間を過ごすことになるので、入念に準備を済ませて出立することになった。
「うん、みんなも準備万端かな」
俺は宿のロビーで最終確認を行う。
続々と二階から降りてくるみんなを見て、俺は頷くとそう言った。
「私たちは大丈夫。後はアカネだけ」
ニーナがそう頷くと同時に宿の扉が開きアカネが入ってくる。
そして集まっている俺たちを見渡すと言った。
「みんな集まってますね。それでは……行きましょうか」
アカネはそれだけ言ってさっさと宿のロビーから出ようとする。
先を急いでいるのが丸わかりだ。
そんなアカネの肩にニーナが手を置いた。
「アカネ。焦らなくても大丈夫。アリゼさんもついてるし」
「……そうですね。確かにそうです」
なんだか俺に対する期待感が高い気もしないでもないが、焦りが禁物なのは確かだ。
俺がいることでみんなが落ち着くなら俺は堂々としているさ。
「そうだぞ、アカネ。今はもう一人じゃない」
ニーナに続いて俺が声をかけると、アカネは一瞬目を見開いた。
さらに畳み掛けるようにルインやナナも声を掛ける。
「アカネさん。いつも通りアリゼさんが全部なんとかしてくれるから、大丈夫だよ」
「うん、そうだよ! なんて言ったってあの英雄たちを育てたアリゼさんなんだから!」
アカネを励ましてくれるのは嬉しいが、流石に俺に対する期待値が高すぎる。
俺はそこまで凄い人間ではない。
しかしそれでアカネが安心できるのなら、俺は虚栄でも胸を張ろう。
「ま、任せておけ! お、俺が全部なんとかしてやるから!」
「……アリゼさん。声、震えてる」
胸を張って言うとニーナに突っ込まれた。
「うっ……! い、いいだろ、別に! 上がりすぎた期待値に応えられるかなぁとか思ったって!」
「……ふふっ。ぱっと見は情けないけど、アリゼさんなら絶対なんとかしてくれる。確かにそうかもしませんね」
俺の照れ隠しの言葉にアカネは小さく笑って言った。
良かった、アカネも緊張感が解れてきているみたいだ。
……まあ狙った方向性ではないけど。
「それじゃあ、行こうよ! どんなところか、ちょっとワクワクするね!」
締めるようにナナが言った。
うん、やっぱり前向きな人がいるだけで本当に空気が変わる。
みんなの表情も明るくなった。
これなら大丈夫だろう。
俺たちは先導して宿から出ていくナナに続いて雪原に向かうのだった。
「……って、雪原ってどっちだっけ?」
***
「おそらくもう少しで休憩地点に辿り着くはずだ」
俺たちは一面銀世界の中に足跡を残しながら歩いていた。
宿を出ておよそ十時間弱。
日も暮れそうで、少しずつ寒くなっていく。
まあ地図を見れば本当にもう少しで休憩地点の小屋に辿り着くのが分かる。
「もう少しの辛抱だぞ」
「うぅっ! 早く暖まりたい!」
俺の言葉にナナが外套をギュッと締めてそう反応した。
ルインもズビズビと鼻水を啜りながら言う。
「やっぱり寒いね。ちゃんと準備しておいて良かった」
「そうですね。うん、焦らなくて正解でした」
アカネも流石に寒さには敵わないのか、身を縮こまらせながら頷いた。
そんな凍えそうな俺たちにニーナは一言。
「う~ん、確かに寒いけど。そんなに?」
「……やっぱりニーナはイカれてる。どう考えても寒いだろ」
不思議そうに眺めてくるニーナに呆れた視線を投げかけるアカネ。
こればっかりはアカネに同意だ。
この気温で寒さを感じないのは本当におかしい。
「って、あれ! 休憩地点じゃない!?」
そんな会話をしていると、ナナが先を指さして叫んだ。
確かにその指の先には小さな小屋が建っているのが見えた。
「おおっ! ようやく着いたか!」
「日が暮れる前に辿り着けて良かった」
小屋を目視して俺とルインは声音が明るくなる。
そしてみんなの歩くスピードも心なしか速くなって、ギリギリ日が暮れる前に休憩地点に辿り着くのだった。




