第八十八話「聖剣ジジニシアの真実」
「なるほど、そういうことか……」
ドリトスは【英雄伝説】の原典をパタンと閉じると呟いた。
その後、目を閉じると背もたれに寄りかかり考え込む。
しばらく間が空いた。
沈黙が空間を包む。
ヤカンの水が沸騰し、煙とともにけたたましい笛の音を奏で、ドリトスは立ち上がるとコーヒーを淹れながら言った。
「聖剣というものは存在しない」
一瞬にしてみんなの息が詰まったことを感じた。
その一言にはそれほどまでの衝撃があった。
確かにそうかもしれないと心のどこかで思っていたが、こうしっかり言葉にされると心にくる。
ドリトスの言葉を聞いたアカネは思わず勢いよく立ち上がるが、グッと言葉を飲み込んで座り直した。
それから押し殺したような声音で尋ねる。
「読み間違いとかじゃないんですか? ちゃんと全部読んだのですか?」
そんなアカネに対してドリトスは冷静な表情で見返すと、頷く。
「ああ、当たり前だ。恩人にそんな適当なことは言わん」
「……やっぱり、そうなんだ」
悔しそうな声をあげるアカネに、ドリトスはもう一度頷いた。
ニーナはそんな様子を眺めながら問いかける。
「ドリトスさん。もう少し詳しく説明してほしい」
「ああ、もちろんそのつもりだった。聖剣というものは存在しない。これは嘘ではない……が、もう少し正確に伝えると、君たちの思い描いていた聖剣は存在しない、ということだ」
ドリトスはコーヒーの入ったカップをみんなに配ると、聖剣に関する真実を語り始めるのだった。
***
「まず聖剣とはどういうものかを説明する必要がある」
鉱山の谷間から差してくる夕日が部屋の中を赤く染まらせる。
比較的寒い地域にあるバックポットは、この時間になると流石に息が白くなった。
部屋の中は薪ストーブで温められているが、それでも若干寒い。
「確かに聖剣ジジニシアが具体的にどういうものかを全く知らないな」
俺はドリトスの言葉に頷いて言う。
そもそも何を目的に作られ、どんなことが出来るのか。
ただ漠然とドワーフの誉れであることしか知らない。
「そうだろう? 一応昨今の通説では聖剣ジジニシアは『いずれくる災害の対抗手段』だとか『古い英雄が神々を殺すときに使った』とか言われているな」
淡々と話すドリトスにルインが尋ねる。
「神々?」
「まあそこら辺はあくまで通説で、色々ねじ曲がって伝わった結果だから意味のない情報だな」
「ああ、そういうこと。じゃあ原典にはどう書いてあったの?」
その問いにドリトスは言うかどうか一瞬ためらいを見せるが、短く息を吐いて諦めたように話す。
「聖剣とは結局のところ、一種の作られた偶像崇拝に過ぎないらしい。証拠に原典にはこう書いてある」
──聖剣ジジニシアは全ての武具の理想であり、願いや想いが生み出した空想の産物である。
──だが聖剣ジジニシアの存在は、私たちドワーフに希望を与えより良い方向に導いてくれるだろう、と。
それを聞いた俺たちは一瞬絶望しかけるが、ドリトスはしかしと話を続けた。
「しかし、しかしだ。原典にはこうも書かれている。──聖剣ジジニシアは存在しない。それは確かだが、それと同時に聖鉱石ジニアが存在することも確かだ。だから、いずれ本物の聖剣ジジニシアを作る者が現れるかもしれない、と」
ドリトスの言葉を聞いたアカネは真剣な表情で口を開く。
「その聖鉱石はどこにあるんですか? それも書いてあるんですよね?」
「それも書いてあるな。聖鉱石の場所は……ここからさらに北部にある雪原の迷宮【果ての迷宮】の深部にあるとされている」
それを聞いたアカネは立ち上がると壁に立てかけてあった自分の大剣を手に取る。
そして肩に担ぎながらドリトスに尋ねた。
「その【果ての迷宮】はどこにあるんですか?」
「……今から行くのか?」
「当たり前でしょう? 早くしないと、アレバさんは──」
アカネのその言葉を遮るようにニーナが淡々と口を開く。
「アカネ。焦りすぎ」
「でも、アレバさんはもう──」
「アカネの気持ちも分かる。けど焦りすぎ」
俺には二人がなんの話をしているのかは分からなかった。
しかし二人の中では何かしら理解しあっているみたいだった。
ニーナに諌められたアカネは、渋々大剣を元の場所に置いて再び椅子に座った。
「ごめんなさい。確かに焦りすぎてました」
「うん、分かればよろしい。……それで、その【果ての迷宮】に行くにはどうすればいい?」
ニーナはドリトスに視線を移すとそう聞いた。
「そうだな、【果ての迷宮】に行くにはしっかりと防寒対策をする必要がある」
「分かった。ありがとうドリトスさん。助かった」
そしてニーナは立ち上がって部屋を出ようとする。
それに続いてアカネも部屋から出ようとしたので、俺とナナとルインも慌てて荷物を纏めるのだった。




