第八十六話「ルインとの共闘」
「ほう、二人になったか。……だが負けることはないだろう」
ルインが参戦することを知った魔族は感心したように吐息をこぼした。
しかしその絶対的な自信はいまだに崩れない。
負けるつもりは毛頭なさそうだった。
「アリゼさん。いつも通り行くよ」
「ああ。でも俺はあまり時間がないからな?」
「分かってるよ。そのカバーくらいは任せてよ」
頼もしい言葉だ。
ルインは幼い頃からずっと剣を教えてきて、その動きの癖や考え方まで手に取るように分かる。
これほど一緒にいて戦いやすい相手もいないだろう。
魔の森の奥で特訓をしていた頃が懐かしい。
ルインにはもうそろそろ追い抜かれそうだ。
ほんの二年前のことなのに、彼女は立派に成長して、俺を追い抜こうとしている。
嬉しいやら寂しいやらの気持ちがあるが、俺は首を振ってその感傷的な気持ちを振り払うと、剣を握り直した。
「じゃあ、行くよアリゼさん」
ルインはそう言って思い切り地面を蹴った。
土が捲れ、物凄い勢いで魔族に接近するルイン。
「やぁあああああああああああああああああああああああ!」
ルインは叫び声を上げながら横薙ぎに剣を払う。
魔族はその攻撃を冷静に見つめながら、的確に自分の剣を合わせにいった。
ガリッと金属同士がぶつかり、火花を散らす。
ルインの攻撃はおそらくかなり力が入っていたが、魔族の表情はあまり変化しなかった。
魔族が剣を振るうと同時にルインはバックステップで距離を取る。
「……なるほど。これは強いね」
冷や汗を垂らしながらルインは言った。
俺の『限界突破』を使っても敵わない相手だ。
ルイン一人ではもちろん太刀打ちできないだろう。
しかし──俺たちは今は二人だ。
二人揃えば出来ないことはない……なんて臭い台詞を言うつもりはないが、彼女とだったらなぜか倒せる気がした。
「やはりこんなものか。貴様らがどの種族なのかは分からないが、やはり魔族には敵わないな」
あの魔王ですらも魔族の中ではそこまで強くなかったとデリアは言った。
あの時は信じ切れなかったが、今だったらその言葉を実感として理解できる。
俺がルインの方を向くと、彼女はしっかりと頷き返してきた。
ああ、良かった。
ルインも同じ考えらしい。
──勝てない相手じゃないな。
もちろん、その自信に理屈はない。
ただの傲慢かもしれないし、ただの思い上がりかもしれない。
でもどうしてか、そんなことを思ってしまう。
「ルイン。俺は後三十秒もせずに使い物にならなくなると思う」
「そうだね。確かにもう時間がないかもね」
俺のそんな言葉にもしっかりと頷き返してくるルイン。
時間がないと言いながらも、彼女はまだ勝つ気でいる。
俺は思わず口角が上がるのを感じながら、彼女のタイミングを見計らって──飛び出した。
「フンッ。何度やっても同じことだ」
小さく鼻を鳴らし、魔族も一歩踏み出す。
別に大きな一歩ではない。
それでも相当なプレッシャーがかかってくる。
でも、だからこそ──。
俺はさらに速度を上げて魔族に突っ込んでいった。
「うらぁああああああああああああああああああああああああああああ!」
剣を振るう。
魔族は今度は俺を完全に殺すつもりだったのだろう。
俺の剣が届く前に、魔族は俺の心臓に切先を突き刺そうとした。
だが。
「やぁあああああああああああああああああああああ!」
俺は半身を逸らし、途中で突き出してきた魔族の剣をギリギリで避ける。
おそらく俺が振り切るつもりで剣を振るっていたら、突き刺されて死んでいただろう。
しかし最初から剣を振り切るつもりはなかった。
ここでルインがなんとかしてくれるはず。
そんな予感だけがあった。
具体的にどうやってなんとかするのかなんて、もちろん分からない。
でも絶対になんとかする。
その予感だけはヒシヒシと感じていた。
そしてその予感は見事的中し──。
俺が避けた直後、ルインが俺の背中から飛び出していく。
彼女が狙うのは魔族の心臓一点のみ。
そしてルインの突き出した宝剣と魔族の直剣の剣身が再び擦れ合い、火花を散らす。
ガリガリガリガリッ!
それは魔族がルインの攻撃に気がついて修正しようとした結果なのだが、ルインの出てくるタイミングが絶妙すぎて反応しきれていなかった。
「なっ……!? くそっ、この俺が……まさか……ッ!」
魔族はようやくそこで追い詰められていることを悟り、叫び声を上げる。
しかし時すでに遅い。
ルインの宝剣の切先は完全に魔族の心臓を狙っていて、そして──。
「…………ふう。なんとかなったな」
「そうだね。アリゼさんもよく耐えたよ」
俺は限界突破の効果が切れ、立ち続けることすらも困難になっていた。
そんな俺をルインが優しく抱き止めて、にこりと笑いながらそう言った。
「でもまだこの記憶の世界は終わっていない」
「うん。後はドリトスさんがうまくラミと和解できているといいんだけど……」
しかしそう言った途端、ガラスが砕けるような音がして記録の世界が崩壊するのだった。




