第八十三話「あの日、あの時の話」
「ラミの住んでいる場所? 何だそれは?」
レミの言葉にドリトスはスッと目を細めると言った。
しかしレミはただ微笑むだけで何も言わず部屋から出る。
何が何だかよく分からなかったが、とりあえずついて行った方が良さそうだったので、俺たちは彼女に続いて歩き出した。
しばらく歩き、一つの小さな物置まで辿り着くと、そこの奥のレンガを一枚押し込んだ。
するとゴゴゴと壁が動き出し一つの階段が目の前に現れた。
「ここの階段は地下室に続いておりますが、レイミもこのことは知らないのでご内密に」
レミは淡々と言うとさらに階段を下り始める。
続いて下り、しばらくすると質素な扉の前に出た。
「この先にラミ様がいます……が、ドリトス様、あまり期待はしないでください。──それでは開けます」
そう言ってレミは扉を開けた。
中は地下室なのに光が夥しく、緑に溢れていた。
その緑の中を無邪気そうに走り回る少女が一人。
「見て、ドリトス! 一匹蝶を捕まえたぞ!」
「ラミ……? どうして……?」
呆然とドリトスは呟いた。
しかしラミは俺たちには気がつく素振りはなく、ただずっと楽しそうに小鳥や蝶を追いかけ続けている。
「彼女がラミ。でもどういうことなの……? だって彼女は死んでるはず……」
ニーナでも理解が追いつかないようだ。
他のみんなも呆然としている。
そう呆気に取られていると、ドリトスの背後からドワーフの青年が現れた。
彼の顔立ちはドリトスにどことなくそっくりだった。
「ラミ。あまり走り回って迷子になるなよ。そうなると面倒だからな」
「ドリトスが遅いのが悪いんじゃん! ちゃんとついてきてよ!」
どうやらラミはその青年のことをドリトスと呼んでいるらしい。
そのことに気がついたドリトスは、その青年の声を聞いてハッと顔を上げた。
「もしかして……」
何かを思いついたような表情をする老人ドリトスにレミは気遣うように言った。
「ドリトス様。これについて説明しますが……よろしいでしょうか?」
おそらく何かしら深い事情があり、それはドリトスを傷つけてしまうかもしれないのだろう。
だから気を使うように、本当に聞いて大丈夫か伺ったのだろうな。
「……ああ、説明してくれ」
そうしてレミの説明が始まった。
「ラミ様のこれは記憶です。記録、と言い換えても良いかもしれません」
「記録……?」
「はい。ラミ様とドリトス様が共に過ごした時間の一部をラミ様自身が切り取り、こうして保管しているのです」
アカネの問いにそう答えるレミ。
そのレミの説明にナナが尋ねる。
「でもどうしてそんなことをしたの? 何か理由があるんでしょ?」
「はい。この記録の中に、ドリトス様の呪いを解く鍵が隠れていると教わっております」
ここにヒントが隠されていると言ってもなぁ。
ぶっちゃけ何も分からない。
そう思っていたのだが、どうやらドリトスは違ったらしく声を上げた。
「ああっ。なるほどな、そう言うことか。なんとなく理解したぞ。なんでもっと早く気がつかなかったのだろうか」
悔やむようにドリトスは言った後、おもむろに歩き出した。
目が見えていないはずなのに的確に歩いていくドリトス。
俺たちは慌てて彼の後を追うように駆け出しながら、ニーナが彼に尋ねた。
「ドリトスさん。どういうことなの? それに目が見えないんじゃ?」
「とりあえずついてみれば分かる。目が見えないのは変わりないが、あの頃の記憶を辿ればおそらく道を間違えることはない」
そうして木々の根やぬかるみに足を取られながらもドリトスは確信したように歩き出した。
しばらく歩き、その先には小さな小屋が建っていて、ちょうど記録のラミたちもそこにたどり着く。
「ドリトス! ようやく読み解けそうだな、あの魔法!」
「ああ、完成したらすごいことになるだろうな。俺たちが世界で初の不老不死になれるかもしれないからな」
そんなラミのワクワクした声に青年ドリトスが微笑を浮かべながら頷くのだった。




