第八十一話「百六十年前、戦争にて」
「アンデット化の呪いを解く方法はニーナでも分からないのか?」
俺がニーナに聞くと、彼女は考えるように間を置いてゆっくりと答えた。
「普通のアンデット化ならある程度は分かるけど、これは特殊。普通は元人格は残らないし、凶暴化する」
「なるほどな……。なあドリトスさん。その呪いを受けた時の状況は覚えているか?」
「もちろんハッキリと覚えているぞ。なにせその魔族は俺の唯一の教え子だった魔族だからな」
こちらも何か複雑な事情があるらしい。
ドリトスは思い出すように椅子に深く腰掛け、目を瞑り話し出した。
***
「なあ、ドリトス! なんでドリトスはそんなに小さいんだ?」
その頃、俺はドワーフたちから嫌われ魔族の国で生活していた。
俺は鍛冶や炭鉱をするよりも剣を振ったり魔法を勉強する方が好きだったから、異端児だと言われていたんだ。
しかし運良くそっち方面に才能があり、魔族に雇われて貴族の家庭教師をしていた。
そして俺にそんな疑問を投げかけてきたのは、魔族の教え子だったラミだ。
俺が家庭教師を始めたての頃、まだ八歳だった彼女は好奇心が旺盛で、成長意欲が高く、俺によく懐いていた。
「俺が小さいのは種族が違うからだ。ラミは魔族で俺はドワーフだからな」
「ドワーフ? 魔族と何が違うんだ?」
「分かりやすいところだと、やっぱり体が小さいところだな」
「それ以外は? 何かないのか?」
「まあそうだな……酒が好きな奴らが多いとか、剣術や魔法なんかの戦闘に興味がないところとかだな」
俺がそう説明しても、ラミはいまだ納得しきれていない表情で首を傾げる。
「でもドリトスは剣術とか魔法が好きだろ? じゃあ魔族と同じじゃないか」
彼女はそんなふうに偏見のない、よく言えば天才児、悪く言えば純粋すぎる子供だった。
今と違い、まだ種族間に隔たりがあり、偏見に塗れた時代だ。
その中で彼女だけは種族間の偏見を持たない、枠組みから外れた考え方をしていた。
しかし彼女も貴族であり、立場がある。
ドワーフの家庭教師を雇っていることによって両親の立場が不利になってきた。
彼女の両親もラミと同様に偏見の少ない魔族だったが、それでも自分の立場を守るために俺を追放した。
そしてその五年後、第三次大陸戦争が起こった。
このガンジア王国に戻ってきていた俺は、ドワーフの戦士として駆り出された。
まあちゃんと戦えるドワーフが少なかったのもあり、俺は前線に立たされた。
それから何度か勝ち、何度か敗走をし、そんなことを繰り返していたある日。
俺の抱えていた部隊が成長したラミの率いる軍隊とかち合うのだった。
数は圧倒的にラミの軍隊の方が多かった。
俺たちの部隊はいわゆる遊兵隊で、撹乱をメインに行動していたため、数が少ないのだ。
もちろん一方的な戦いになった。
最も簡単に捕らえられた俺たちは、捕虜として魔族の国に送られることに。
しかしドワーフの国は俺たちをなんの未練もなく切り捨てたのだ。
俺たちに価値がないと思った魔族たちに処刑されることになり……俺はラミからこの呪いを受けたのだ。
それ以来、死ぬことも光を認知することも出来ず、こうして生きながらえているというわけだ。
***
「なるほど……だからこその意識のあるアンデットか」
「おそらくラミは俺にもっと生きて欲しかったんだろうな。しかしその後すぐにラミは戦死し死ぬ方法もなく俺だけがのうのうと生きながらえているわけだな」
ドリトスは何もないところをぼんやりと見つめながら言った。
そんな彼にニーナがふと尋ねる。
「ドリトスさん。貴方はラミさんの実家に行った?」
「いけるわけないだろ。そもそも俺たちは戦争をしていたわけだからな」
「でも今は戦争は終わってる」
ニーナの短い言葉にドリトスは諦めたようにため息をついた。
そして自嘲するような声音でこう言った。
「そうだな、戦争はとっくに終わった。でもその戦争は六十年続いたんだ。終わった頃にはすでに世代が変わっていたし、それに……彼女の死と向き合える自信がなかった。俺だけ時代に置いていかれたことと向き合える自信がなかった」
その言葉を聞いたナナは立ち上がるとドリトスの手を強引に握る。
「……何を」
「行こうよ! 今から、そのラミさんの子孫に会いに!」
「…………俺は」
そう言いかけてドリトスは一瞬黙ると、もう一度深いため息をついて、ナナに引っ張られるように立ち上がった。
「そうだな。そろそろ向き合わないといけないよな。百年前の出来事と、そろそろ向き合わないとな」
こうして俺たちは唐突に魔族の国へ、そして百年前にラミとドリトスが過ごした屋敷へ向かうことになるのだった。




