八十話「目の見えない老人」
「なるほど、そんなことが……」
俺たちはアカネから話を聞いて絶句していた。
そこまで深い事情があるとは思わなかったのだ。
「それに転移してきたところを保護して世話してくれた恩もありますし、私はアレバさんに本物の聖剣を見せてあげたいんです」
真剣な表情でそう告げるアカネに俺はフッと小さく笑った。
そんな俺を訝しげに見てくるアカネ。
「……なにかおかしなこと言いました?」
「ああ、いや。アカネもちゃんと成長してるんだなって」
俺の言葉にアカネは呆れたような、でもどこか照れたような感じでソッポを向く。
「当たり前です。私だって歳を取ったんですから」
「そうだな。アカネも大人だもんな」
彼女の言葉に頷くと、隣に座っていたニーナがチョンチョンと俺の脇腹を突いてきた。
「うんうん、ニーナももう大人だもんな。みんな成長してるよ」
「当たり前。私たちはもう子供じゃない」
そう言うニーナの頬は緩んでいる。
大人と言われて嬉しかったのだろう。
「でもアカネさん。何かしら手がかりは掴んだりしてるの?」
ルインはアカネにそう尋ねる。
するとアカネは立ち上がって言った。
「ちょっとついてきてください」
俺たちも立ち上がり、アカネに続いて二階に上がる。
そして案内されたのはたくさんの本が置いてある書斎だった。
「ここには無数の【聖剣ジジニシア】に関する書類があるんですけど……ええと、これです、これです」
そう言ってアカネは一冊の古い書物を取り出した。
そのタイトルは【英雄伝説】。
おそらく聖剣が出てくると言われる寓話の書かれた本なのだろう。
「この本は【英雄伝説】と言って、ここに聖剣と聖鉱石が出てくるんです。基本、写本ばかりだから色々ねじ曲がって伝わっているんですけど、この本は【英雄伝説】の原典にあたります」
ほお……。
原典を手に入れたのか。
それはなかなか苦労しただろう。
思わず感心してアカネの方を見ると、難しそうにその本を眺めていた。
「どうかしたの?」
そんなアカネの様子を見ておかしいと思ったのか、ナナがそう尋ねる。
その問いにアカネは苦虫を噛み潰したような表情で答えた。
「ええと、それなんですけど……これは古代ドワーフ語で書かれているんです。それを読めるドワーフはもうここら辺には住んでいないみたいなんですよ」
なるほど、言語の壁か。
それは確かに難しい表情になる。
「伝手はあるの?」
アカネにニーナが単刀直入に尋ねた。
すると意外にもアカネは頷いた。
「まあ、一応。でも彼は目が見えないんです。もうかなりの歳ですから」
「目が見えないか……。それを解決するのは難しそうだな……」
残念なことに俺らの中に治癒魔法を使える人間はいない。
ミアがいればもしかしたら治せたかもしれないが、現状ではないものねだりにしかすぎない。
「ともかく、その人に会うことはできるのか?」
「はい、それは可能です。それでは明日、ちょっくら会いにいってみましょうか」
そう言うわけで、俺たちは次の日に古代ドワーフ語が読める唯一の老人と会うことになるのだった。
***
「……アカネか。それと、そっちの人たちは?」
アレバさんの家に一泊させもらい、次の日。
俺たちは古代ドワーフ語の読める老人ドリトスの住む家までやってきていた。
ドリトスは目が見えないのにも関わらず、アカネが来たことを一発で言い当てた。
さらには俺たちがきたことまで理解しているみたいだ。
「ドリトスさん。この人たちは私の師匠とその仲間です」
「ああ、よく話に出てきた人らか」
アカネはドリトスに俺たちの話をよくしていたらしい。
そのことにアカネは少し気恥ずかしそうにしながらも、話を続けた。
「ドリトスさん、それで目を治す方法なんですけど……」
「ああ、何度も言っているが俺の目は治らないぞ。これは病気ではなく呪いだからな」
「呪い……?」
ドリトスの言葉に俺は首を傾げる。
「ああ、そうだ。大昔に起こった第三次大陸戦争で魔族に呪われたんだ。しかしそれを解呪できる本人はもう死にやがったからな。俺は一生このままなのさ」
「第三次大陸戦争?」
「そういえばお前さんたちはこの大陸の人間じゃなかったな。この超大陸アベルを治める四大国家は百六十年前に大戦争を起こしやがってね。歴史の教科書にも載っているはずだ」
ドリトスの言葉にニーナが不思議そうに尋ねた。
「百六十年前って、ドワーフはそこまで寿命は長くなかったはず……」
「ああ、そうだな。普通は人族と寿命は変わらない」
「じゃあ何で……?」
「これも呪いの一種……というか不死の方が呪いの本質だな。俺の受けた呪いはアンデット化。つまり俺はすでに死んでいる人間とも言えるわけだ。その代償に、光を認知する能力も失ったわけだがな」




