第七十九話「罪と罰」
「離れるつもりがないってのは……もしかして【聖剣ジジニシア】に関することか?」
「ええ、そうです。もう、そこまで知ってるんですね」
俺の言葉にアカネはそう言いながら頷く。
そんな彼女に俺は聖剣などないことを伝えようと思ったが、どうしても躊躇ってしまう。
アカネがなんとしてでもそれを成し遂げたいという目をしていたからだ。
しかしそんなのをお構いなしにニーナが言った。
「聖剣なんてない。諦めた方がいい」
ニーナのその言葉を聞いたアカネは、案外なんてことないように頷くと淡々と答えた。
「まあ……それくらいは分かってるつもり。でも、今それを信じているのはお爺さん……アレバさんだけなんだ」
「じゃあ何で……」
アカネはニーナのその疑問の言葉を遮って話を続けた。
「彼はその噂を疑えないわけじゃないんです。英雄譚が好きでそれを盲目的に信じきっているわけではないんです。ただ疑うのが怖くて出来ていないだけなんですよ。だから、私だけでもそれを信じて手伝ってあげないといけないんです」
疑うのが怖い……?
どういうことなのだろうか?
事情がいまいち読めないが、アカネが絶対に譲らないことだけは分かる。
俺はやれやれと頭をかくと小さくため息をついた。
「アリゼさん?」
「……俺には事情は分からんが、アカネは彼を助けたいと思ってるんだろ?」
「まあ……そうなりますね」
「なら答えは簡単だ。俺はアカネが助けたいという気持ちを応援する。つまりだ、一緒に聖剣を探そう」
ベアなら絶対にこうするだろうし。
うん、『その剣は他が為に』、だからな。
「いいんですか?」
目を見開きそう尋ねてくるアカネに俺は頷く。
そして俺はニーナたちに視線を送るとこう言った。
「別に三人に強要するつもりはないが……どうする?」
その問いにルインは思わずと言った感じでため息をついて言った。
「はあ……そんなこと聞かされて頷かないわけないでしょ」
「私ももちろん手伝うよ! 当然!」
ナナもルインに同意するようにそう返事をした。
しかし唯一ニーナだけは何やら考えているようだったが、最終的には頷いて言った。
「私も手伝う。任せて」
「……ありがとう、みんな。手伝ってくれるならちゃんと説明しないといけないな。そうだろ、アレバさん」
突然アカネは俺たちの背後にそう声を掛ける。
すると柱の裏で話を聞いていたらしいアレバさんが出てきた。
「……余計なことを。別に俺は一人で探すつもりだ。お前たちの力を借りるつもりはない」
フンッと鼻を鳴らし、彼は冷たく言い放つ。
なんか取り付く島もなさそうな感じだが。
「アレバさん。私は……」
そう言いかけたアカネの言葉に被せるようにアレバさんは口を開いた。
「だが――。まあ聖剣を探したいというなら勝手にしろ。お前たちの行動には関与はしない」
「……アレバさん、みんなに説明しても大丈夫ですか?」
「それも好きにしろ。どうせ俺の話なんてこの街の連中ならみんな知っている」
それだけを冷たく言い放つとさっさと二階に消えて行ってしまった。
もう誰も信じないし、誰に対しても期待しない。
彼からはそんな雰囲気がひしひしと伝わってきていた。
「一応許可はもらったし、アレバさんの過去の話をしましょうか――」
そう言ってアカネは話を始めるのだった。
***
それは今から三十五年前、アレバが三十代半ばで、妻と娘がいて、この街も王国随一の炭鉱街と呼ばれるほど大きな街だった頃の話らしい。
「おい、バレル! この剣を見よ! 素晴らしい出来だろ!」
「フンッ! アレバ、こっちの方が素晴らしい出来栄えだ!」
アレバにはその頃、良きライバルであり旧友であるバレルという仲間がいた。
バレルとはその頃から【英雄伝説】を好き好んで読んでいて、聖鉱石を共に追い求める仲だった。
「いつかはドワーフとしての誉れ【聖剣ジジニシア】を作って最高の鍛冶師になりてぇな」
「そうだな。聖鉱石ジニアを見つけたときには絶対に一緒に聖剣を作ろうぜ」
毎日のようにそう言って、アレバとバレルは励まし合っていた。
しかし事件はそんなときに起こった。
アレバはある日、街で一番大きな坑道を管理している鉱夫たちからこんな話を持ちかけられた。
「なあ、アレバ。この鉱石が何か分かるべか?」
「……初めてみる鉱石だな。ちょっと調べてみるか」
始めてみる鉱石だった。
調べていくうちにその鉱石の特徴と聖鉱石ジニアの特徴が似ていることに気がついた。
ある程度調べ終わったところで、アレバは真っ先にバレルに話をした。
「おい! この鉱石なんだが、聖鉱石ジニアに特徴が似てる気がするんだ!」
「本当か!? ちょっと俺にも見せてくれ!」
そしてバレルもその特徴を確認し、聖鉱石に似ているという確証を得た。
「しかしこれどうするか……」
人に伝われば間違いなく争奪戦になるし、かと言って黙っているのもバレたとき面倒だ。
そう葛藤するアレバを傍目にバレルは堂々とこう言い放った。
「炭鉱夫たちには何でもなかったと言え。この鉱石の秘密は俺たちだけで留めるぞ」
その時からバレルの様子が少しずつおかしくなっていった。
常に神経質そうにピリピリしているし、ちょっとのことで怒ったりビクついたりするようになった。
彼の様子を心配したアレバは、聖鉱石が原因だと思い、それに魔法的な呪いが付与されていないか調べ始める。
結局呪いのようなものはなかったのだが、二人のすれ違いはこの頃から徐々に始まっていて、バレルはアレバのその行動を独占しようとしているのだと考え始めていた。
「お前、最近聖鉱石をどこに持ち出してる?」
「いや、どこでもいいだろ」
「良くないね。アレバ、お前が聖鉱石を独占しようとするなら、こっちにも考えがある」
「そっちこそ最近様子がおかしくないか。正気じゃないぜ、本当にさ」
決定的な仲違いはその会話からだった。
あれだけ仲が良かったアレバとバレルはついに会話もしなくなった。
しかし聖鉱石はほんの少数しかない。
この量だと剣一本が限界だろうというレベルだった。
その結果、先に譲り受けていたアレバが聖鉱石の正式な所有者となった。
しかしバレルはそれを知って、彼に完全に裏切られたと思い込んだ。
――ゴォオオオオオオオオオオオ!
アレバの所有権が認めらた次の日、アレバの家が全焼した。
彼はたまたま家を出ていたからそれに巻き込まれることはなかったが、妻と一歳の娘が巻き込まれた。
そしてその犯人はバレルだった……のだと思う。
思うというのは、いまだその真相がはっきりしていないからだ。
おそらくバレルだろうという憶測でしかない。
それにそのことに気がついているのは、アレバくらいなものだった。
だからこそ、何かをできるわけでもなく、アレバはただただ悲しみに暮れた。
バレルはそんなアレバに一言も声をかけずに、聖鉱石だけを奪い取るとそれで聖剣を作ろうと試み始めた。
そんな事件から一ヶ月後。
さらに事件が起こる。
その聖鉱石だと思われた物質は、実は別の鉱石だったのだ。
未発見の鉱石なのは間違いないが、柔らかく脆い鉱石なので武器の素材には致命的に向いていない。
その事実が発覚してから、バレルは日に日にやつれていった。
うわ言のように『俺は何のためにあそこまでして……』と呟いていた。
バレルは必死になって坑道に潜るようになった。
おそらく聖鉱石を追い求めていたのだろう。
だがそんなとき、不運か、はたまた疲れからか、バレルは足を滑らせて渓谷に落ちていった。
一緒にいた炭鉱夫の話によると、最後に彼は『ごめんなさい』とだけ言ったらしい。
そして周囲の人間を全て【聖剣ジジニシア】と【聖鉱石ジニア】のせいで失ったアレバは、聖剣を作らないと、その存在を証明しないと、みんなが救われないと思って今でも探し求めているのだとか。




