第七十七話「偏屈爺さんの噂」
ドワーフの国に辿り着いて一週間ほど。
ドワーフの国ガンジア王国は北部に山脈があり、その先には雪原が広がっているらしいので、超大陸アベルにおいて唯一海に面していない国らしい。
だからこそ、大陸アガトスに住む海賊なんかが攻めてくることもなく、人に対する忌避感がないのだとか。
そのおかげで、俺たちは堂々と顔を晒しながら街を歩くことができていた。
そして俺たちは、街に辿り着く度にあちこちでルルネたちの名前が出てこないか聞き込みしていたが、今のところ進展はない。
そんな時、聞き込みをしようと一人で訪れた酒場で酔っ払いに絡まれていた。
「——ってこともあったがなぁ、それよりも! 俺にはなぁ! スンゲェ師匠がいたんでよ!」
師匠、その言葉に俺は思わず耳を傾ける。
さっきまでは隣町のあの子が可愛いとか、あいつとあいつが夜逃げしたとか、そういったどうでもいい話ばかりだったが、ようやく面白そうな話が出てきた。
「その師匠ってどんな人だったんだ?」
「頭の固い頑固親父だったんだがな。鍛治の才能だけは本物だった」
「ほお。頭の固い親父か」
「そうなんだよ! 俺が少しでもサボるとすぐに職人は淡々と決められた時間に仕事をするものだ、とか言ってくるんだよ! まあ……今になっては師匠の言いたいことも分かるようになってきたんだがな」
そう言ってその酔っ払いドワーフは少し寂しそうにウィスキーの入った瓶をカウンターに置いた。
「それで、その師匠とは今はどうなっているんだ?」
「喧嘩別れってヤツさ。師匠は事件で妻と娘を亡くしてな。それ以来【聖剣ジジニシア】を欲するようになった」
「聖剣ジジニシア?」
「そうか。お前はドワーフじゃないから知らないのか。ジジニシアはドワーフの寓話に登場する聖剣でな、その聖剣を作り上げたドワーフには褒美として神様から一つ願いを叶えて貰えると。まあ御伽噺でしかないがな」
なるほど。
その師匠さんは亡くなった家族と会いたくて聖剣を求めるようになったと。
「俺は何度も言ったんだ。聖剣なんてそもそも作れないし、もし作れても褒美なんて貰えないと。だが師匠は盲信的にずっとそれを信じて聖剣を作ろうと必死になっていた」
「その気持ちは俺にも分かるな……」
まだ幼かった俺が両親や村の人たちを亡くした時は、やっぱりまたみんなに会いたいと心から願っていた。
言いたかったこと、言いそびれたことなんて後から山のように出てきた。
しかしベアと出会って、ルルネやアカネたちと出会って、ようやく前を向くことが出来るようになった。
過去は変わらない。
だったら今を、そして未来のために生きるしかないのだと。
彼女たちから俺はそれを自然と教わった。
「いや、師匠の気持ちは痛いくらいに俺だって分かったんだ。ずっと師匠の家で寝泊まりしていたんだから、家族ともそりゃ仲が良かった。でもあの時の俺は、狂いそうになっていた師匠を何とかしようと必死だった」
後悔するように歯噛みしながら酔っ払いは言う。
師匠の心を癒せなかった後悔が滲み出ている。
「とと、すまんな。暗い話になっちまった」
「いいや、別に構わんぞ」
「そう言ってくれると助かるな。しかし一杯くらいは奢らせてくれ」
そう言ってドワーフの酔っ払いは勝手にウィスキーの瓶を頼んだ。
ドワーフは酒飲みが多いらしいので、おそらく感覚がバグっているのだろう。
ウィスキー一瓶はいくら何でも多いと思うんですが……。
そして俺は明け方まで飲まされて、ベロンベロンに酔っ払いながら宿に戻るのだった。
***
「何か人間がひとり、ここから北に行ったところにある街の偏屈爺さんと暮らしているって聞いたよ」
「なるほど……それがルルネたちとも限らないけど、とりあえず行ってみるしかないか」
夕方まで潰れて、ようやく酔いが覚めてきたので俺は早めの夕飯を食べていた。
そこにルインがやってきて俺にそう教えてくれた。
「しかし偏屈爺さんか。どのくらいの偏屈なのかは分からないが、合いそうなのはミアかアカネかな」
ルルネとアーシャはすぐに喧嘩しそうだし。
ミアは美味しい甘味を食べれれば懐柔できるし、そもそも聖女だからな。
彼女は心が広い。
そしてアカネは大雑把な性格だけど、ちゃんと世渡りが出来る子だから偏屈な爺さんともやっていけそうだ。
ニーナとナナが戻ってきたところで、二人にもルインの得た情報を共有する。
「それじゃあ早くその街に行こうよ!」
「偏屈爺さん。ミアかアカネ……?」
おお、やっぱりニーナも俺と同じでミアかアカネだと踏んでいるらしい。
ナナは早速行こうと先走って立ち上がるが、それをルインが止める。
「ナナ。もう日が暮れるから今からは無理だよ。明日の朝じゃないと」
「うっ……も、もちろん分かってるよ、そのくらい!」
そして恥ずかしそうに座り直すと、夕食をモソモソと食べ始めた。
俺たちはその日の晩は宿に泊まり、明け方から北に向かってその街まで歩き始めるのだった。




