第七十五話「密かに行われる誕生日会」
「ええと、これはなんだ……?」
目隠しをされ連れてこられたデリアは、俺たちの飾り付けた部屋をグルリと見渡して困惑の声を上げた。
その後ろにはニコニコしたダラスク国王と相変わらず無表情の正妻のミーラシュ様が立っている。
「誕生日おめでとう、デリア」
俺が代表して一歩前に出ると混乱し血得る彼女にそう告げた。
その言葉を聞いてようやく状況を飲み込め始めたのか、ポツリと呟く。
「もしかして私の為だけにこれを用意してくれたのか……?」
「まあね。でも発案者はデリアの後ろにいる人たちだよ」
ちゃんとそこは伝えておく。
デリアは信じられないような表情で後ろを振り返った。
ダラスク国王は気まずそうな、でも若干口元を緩ませながら言った。
「表ではデリアと家族らしいことが出来ないからな。ちょっとくらいは良いんじゃないかって思ったんだ」
「だが……何で私だけ……?」
どこか疑うような、何か別の意図が隠されてるんじゃないかと不安な目で国王を見る。
しかし国王はそれに臆せずちゃんと視線を見つめ返して、はっきりと答えた。
「自分の子供たちに優劣をつけるつもりはないし、デリアの兄弟姉妹も大切な家族だ。だがあいつらはデリアほど繊細でもないし強かだからな。家族でありつつ政敵であることをちゃんと理解している」
その言葉を聞いたデリアは思い当たる節があるのか、気まずそうに視線を逸らした。
まあデリアが他の兄弟姉妹を出し抜き勝ち上がろうと考えていたら、王城から逃げ出すこともなかっただろう。
「だけどデリアは悩んでいる。自分がどうすればいいのか、そしてどうしたいのかということに。俺たちは王族である以前に家族だ。ちょっとは親らしく悩んでいる娘に構ってあげても、バチは当たらないんじゃないかって思ったわけだ」
そう告げるダラスク国王の目は慈愛に溢れていて、親の目をしていた。
悩んでいる自分の娘を慈しみ、心から愛し、導いてあげようという親の目だ。
口元が震えて俯いているデリアは何も言葉を発さない。
いや、発さないんじゃなくて発せないんだろう。
今まで突き放されていたと思っていた親から急に親らしいことを言われたら誰だって混乱する。
しかしダラスク国王はお構いなくメイド長から花瓶を受け取った。
「これは俺たちからの誕生日プレゼントだ」
「……『冷夏花』。花言葉は自由、解放」
その花瓶を受け取ったデリアはポツリと言葉を零した。
やっぱりその花言葉はエルフの中では一般教養なんだなと場違いなことを思わず考える。
ダラスク国王はしんみりしてしまった空気を変えるように手を叩いて明るい声を出した。
「とと、プレゼントも渡したことだし、食事でも食べながら羽を伸ばそうじゃないか!」
「私もそれが良いと思う。大々的な誕生日パーティーはやっぱり疲れる」
国王の言葉にニーナも思い出すように頷いて言った。
まあニーナも向こうでは英雄扱いだし、大々的な誕生日パーティーが開かれることもあったのだろう。
こういうパーティーは楽しむというより営業やゴマ擦りに近いからな、そりゃ疲れるよな。
「……そうだな。せっかくこういう場を用意してくれたんだ。楽しむとしよう」
いまだに困惑は抜けないようだが、ようやくデリアが前向きな言葉を発した。
それから机の上に盛られているちょっと不恰好なフレンチトーストを見た。
「これは……?」
確かに王城の料理人が作ったとは思えないくらいには不恰好である。
ひっくり返すのを失敗したのか千切れ千切れだし、若干焦げ付いている。
そのフレンチトーストが注目され、ミーラシュ様がほんの少し恥ずかしそうに言った。
「それは私が作ったの。あまり上手く出来なかったけど」
それを聞いたデリアは再び驚きの表情を浮かべた。
今日は驚きっぱなしで大変そうだ。
「お母様が?」
「ええ。私も……デリアに母親らしいことが出来てなかったから」
それを聞いたデリアはゆっくりと机に近づいて、フレンチトーストを切り分け口に運んだ。
不安そうに見ていたミーラシュ様は恐る恐る尋ねた。
「美味しい……?」
「ああ、とても美味しいよお母様」
「良かった……本当に、良かった」
にっこりと笑い頷いたデリアの言葉にツーっと一筋の涙を流すミーラシュ様。
それを見たデリアは慌ててミーラシュ様の方に駆け寄った。
「——お母様!?」
「ご、ごめんなさい……っ。私は王族だからって自分に言いかせて、自分の子供たちが争い合うのは当然だって……そう思うようにして……でもやっぱり耐えられなくて、感情を消そうと、隠そうと頑張ってたんだけど……っ」
ううっと嗚咽を漏らすミーラシュ様。
今まで無表情だったのは子供達に対して感情移入し過ぎないようにしていたからだろう。
でもこの場が用意されて、本音が思わず漏れ出てしまったのだ。
デリアはそんなミーラシュ様を正面から優しく抱きしめると優しく声をかけた。
「お母様。ありがとうお母様」
「デリア……?」
「お母様、私を産んでくれてありがとう。お母様は、私を、私たちをちゃんと愛してくれてたんだな」
そう言ったデリアの頬は窓から入る月明かりでチラチラと煌めくのだった。




