第七十二話「国王の気持ち、すれ違った想い」
「デリアに対してどう思っているか、か……」
俺の問いに対して国王ダラスクは悩まし気に眉を顰めた。
隣に立っている女性――おそらくはデリアの母親は相変わらず無表情で感情が読めない。
ジッとダラスクのほうを見つめていると、彼ははあっと重たいため息をついて語り始めた。
「私たちは王族だ。しかし国王になれるのは一人だけだ。デリアの兄弟姉妹、つまり私たちの多くの子供たちは国王という立場を欲している」
多くは……ということはそれを望んでいない子供たちも一定数いるのだろう。
それは諦めているのか、はたまた興味がないだけなのか。
それは分からないが、どちらにせよ全員が国王の座を狙っているわけではなさそうだった。
だからと言ってデリアの猜疑心が晴れるわけではない。
今まで騙され傷つけられてきた記憶は、そう簡単に癒えるものではないはず。
「これは王族として生まれた運命というものだ。そこから逃げるのも、立ち向かうのも、それぞれの勝手だが、どちらを取っても私たちは彼女を責めたりはしない」
確かに彼らがデリアのことを本気で探して連れ帰ろうとしてたのなら、もうとっくに彼女は捕まっていただろう。
しかしそうなっていなかったのは、彼らが本気でデリアを連れ帰ろうとしていなかったにすぎない。
「でも……従者を一人も用意せず、俺たちと対面したのには理由があるのでしょう?」
最初から不思議に思っていたのだ。
そんなデリアに対して興味がないのなら、俺たちに淡々と褒美を与えて終わりである。
しかし他の人を排除して俺たちと対話できる環境を整えている。
ということは、何かしらダラスクたちにも考えがあり、俺たちに話したいことがあるということだ。
「まあ、そうだな。結局、私たち……いや、俺たちは王族である以前に家族なのだ。みんなの幸せを願っている。デリアを野放しにしていたのも、そのほうが彼女が幸せになれると思ったからだ」
家族。
俺は本当の家族というものの記憶をちゃんと持っていない。
幼い頃に本当の家族は亡くし、ベアに拾われ旅に出て、その後ニーナたちを拾った。
しかしベアたち《黄金の水平線》もニーナたちもみな本物の家族のように思っている。
だから家族の幸せを願う気持ちというものは、何となく理解できた。
「しかし問題は俺たちのほうではないのだ。デリアの方にある」
「デリアの方……?」
「そうだ。あの子は真面目だから、国王には興味がないのに、王族の責務を果たそうとする」
ああ、なるほど。
彼らの問題点が何となく理解できてきたぞ。
彼女自身が自分に縛りをつけているということなんだろう。
本当は自由になれるのに、それを自ら断っている。
それはデリアが真面目な子で、自分だけ好き勝手に生きることに罪の意識を感じているからか。
それに加え、両親に対しても心を許しきれておらず、その想いもしっかりと伝わっていない。
コミュニケーション不足と言えばそれまでだが、人間というのは得てしてみんな不器用なものだ。
「状況は理解しました。それで、俺たちに何をして欲しいのですか?」
俺は単刀直入に尋ねた。
するとダラスク国王は組んでいた足を解いて、頭を下げながらこう言うのだった。
「そろそろデリアの誕生日が近い。他の子たちにバレないように誕生日プレゼントを用意したいんだ」
***
「アリゼさん一人で行くの?」
俺が旅立つ準備をしていると、ニーナがそう尋ねてきた。
剣を腰に帯刀し、ニーナの方を振り返ると、俺は頷く。
「まあ一人と言っても、ダラスク国王もついてくるけどね」
「確かに。でも『冷夏花』がある『樹海迷宮』って危険なんでしょ?」
「ああ、そうみたいだな」
ニーナの問いに俺はもう一度頷く。
冷夏花。
その花言葉は『自由、解放』らしい。
ダラスク国王はデリアの誕生日にそれを渡したいと言っていた。
彼はそれに続いて、それがある『樹海迷宮』はなかなか難易度の高い迷宮だとも言った。
しかしこればっかりは自分で採りにいかないと意味がないと思い、俺に護衛を頼んだのだとか。
もちろん、エルフの騎士団長も連れて行くと言っていたから、万が一ってこともないはずだ。
そしてニーナたちにお留守番してもらうのは、その間にデリアや他の王族たちに不信感を抱かれないようにするためらしい。
「ともかくお留守番は頼んだ。みんなにいい感じに誤魔化しておいてくれ」
「それは任されたけど……」
どこか不服そうだ。
まあせっかく再会したと思ったら、またすぐに離れ離れになるのだしな。
それに自分も連れて行ってもらえないのも寂しいのかもしれない。
「帰ってきたら構ってやるから。頼んだよ」
「……うん。分かった」
最終的にニーナは諦めたように頷いた。
俺はそんな彼女の頭を軽く撫でると、ダラスク国王らとともに王都を出立して『樹海迷宮』に向かうのだった。




