第七十話「王城でとある人と再会しました」
あれから結局三人ともフードを脱がされ、人間だということがバレてしまった。
デリアが必死に擁護してくれたが、それはそれ、これはこれだと言われて身柄を確保された。
それからというものの、独房……というにはいささか整った王城の一室に閉じ込められて、俺たちは一人の少女と対面していた。
「……ニーナ。城に幽閉されているって聞いたから心配していたんだけど、随分と優雅な生活を送ってたみたいじゃん」
思わず呆れた視線を向けながらそう言った。
視線の先ではニーナが大量の魔導書に囲まれて、モゴモゴとパンケーキを頬張りながら驚いた表情でこちらを見ていた。
「アリゼさん……食べる?」
何を言おうか迷ったみたいで一瞬視線を泳がせたが、一つ頷くとフォークに突き刺さったパンケーキをこちらに差し出してきた。
「いや……そうじゃなくてなぁ……。心配してたのに、全く……」
「心配してくれてたの?」
「当たり前だろ。突然消えたと思ったら、超大陸アベルに飛ばしたって言われたんだからな」
モゴモゴとパンケーキを頬張りながら納得したように頷くニーナ。
「ありがと。でも見ての通り大丈夫だった」
「……そうみたいだな。まあ、何れにせよ良かった」
色々言いたいことや聞きたいことはあるが、今は再会できたことを喜ぶべきだろう。
「てかナナも来てたんだ。それで、ええと、そっちは……?」
ルインのほうを見て首を傾げるニーナ。
そうか、ニーナとルインが顔を合わせるのは初か。
魔王戦の時にルインが駆け付けた頃には、ニーナは気絶していたわけだしな。
「この子はルイン。俺が十年間いた村に住んでた娘だよ」
「あ、は、初めまして、ルインです。よろしくお願いします」
ルインはカチカチに緊張しながら頭を下げる。
そんな彼女をマジマジと見つめてから、ニーナも頭を下げた。
「私はニーナ。アリゼさんの娘みたいなもの。よろしく」
その言葉にルインは少しムッとした表情で言い返した。
「私もアリゼさんにはお世話になりましたから。手取り足取り、剣術を教えて貰いましたし」
「むう……私はもっと凄いことも教えて貰った」
今度はニーナがムッとした表情で言い返す。
ルインはニーナの言葉にワナワナと口元を震わせる。
「す、凄いこと……。一体どんな……」
「それは言えないようなこと。とても凄い」
ルインが狼狽えているのを確認したニーナは胸を張って言った。
そんな彼女の頭に俺は軽くチョップをかますとため息と共にこう言う。
「はあ……そんな凄いことを教えた覚えはないぞ。ニーナもルインも俺の中じゃ平等だ」
そう言うとニーナはしょんぼりした様子で肩を落とした。
「本当に凄いこと、教えて貰ったのに……。悲しい」
「……凄いことって何だよ」
そこまで言われるとちょっと気になる。
俺がそう尋ねると何故かニーナは恥ずかしそうな表情でモジモジし始めた。
「それ聞かれるのは、恥ずかしい……」
その様子を見たルインとナナの冷たい視線が俺に突き刺さる。
「……アリゼさん」
「アリゼさんって、意外と変態だったんだね……」
冤罪すぎる! 本当に何もしてないのに!
俺は大慌てで両手を振りながら必死に弁明する。
「別にニーナと何かあったわけじゃないからな! 他の四人とも何もないし!」
「……本当?」
いまだにルインからの疑惑の視線が突き刺さるが、俺は勢いよく首を縦にふる。
ニーナは何故かまだモジモジしてるし、本当に何なんだ……。
「はあ……分かった、信じるよ。でも本当だったら許さないから」
「はい、分かりました」
俺は恭しく頭を下げる。
どうしてこうなった……。
変な空気が漂い始めたので、俺はそれを変えようと別の話題を振った。
「それで、これからどうするんだ? ここから脱出する方法とかあるのか?」
「……簡単に出られるよ? てか別に拘束されてるわけじゃないと思うし」
俺の問いにニーナは不思議そうに首を傾げた。
「どう言うことだ?」
「いや、別にこの部屋に拘束力なんてないし、王城の外にも何なら王都からも出られるよ」
さも当然のようにニーナは言った。
「そうなのか……?」
「うん。私は普通にエルフの魔法を教えてもらう代わりに向こうの魔法を教えたりしてるから、この王城に残ってるだけだし」
……なんだか拍子抜けだ。
人間だからって迫害されてるのかと思っていたが。
俺たちの様子を見て、ニーナは合点がいったような表情をする。
「……ああ、なるほど。別に海から離れれば人間に対する忌避感や先入観は薄れていくよ」
「そうだったのか。変に勘違いしてたわ」
よく考えてみると、衛兵の人たちも『死ぬまで身柄を拘束』ってニュアンスじゃなく、『とりあえず王城で匿う』みたいなニュアンスで話していたような……。
だからデリアも無理に抵抗せず、俺たちを引き渡したのだろう。
安全は確保されているだろうからな。
そのことにようやく気がつき、俺はホッと安堵のため息を漏らすと共に、思わず脱力してしまうのだった。




