第六十八話「デリアの過去」
「私はどちらかといえば理想主義なんだと思う」
デリアはぽつりぽつりとそう話し出した。
デリアは真っ暗な宵闇の中にチラつく焚き火の火を眺めている。
虫の鳴き声が静かに森の中に反響していた。
「理想主義?」
「そう。嘘や欺瞞みたいなのが好きじゃない。打算的な考え方が好きじゃない。逆に理想や希望に溢れた夢物語の世界が好きなんだ」
なるほど。
だからデリアはドーイと一緒にいたのか。
ただひたすらに夢を追い、叶わないかもしれないけど、やりたいことをやる。
まだ短い付き合いだけど、ドーイがそんな人間だと言うのはすぐに分かるからな。
「しかし何でそれが家出に繋がるんだ?」
「分かるだろう? 王城というものは嘘と欺瞞に塗れている」
「あー、なるほど。それは確かに」
善悪はともかくとして、王城というのは政治の場だ。
あの場において嘘と欺瞞は武器になり得るからな。
「だからそれが嫌で抜け出してきたんだ。大人になる必要があるというのも分かるんだが、どうしても体が受け付けないんだ」
デリアは真面目な子なんだろうな。
真面目な人っていうのは基本的に両極端に物事を考えがちだ。
嘘は駄目なことだという観念に対して忠実になってしまう。
いわゆる白黒思考ってやつだな。
しかしそう言った思考の癖というのは簡単に変えられることじゃない。
「それに、王城では色々な人に騙されて傷つかされてきた。もう傷つくのも嫌なんだ」
過去に何があったのかを詳しく聞き出そうとは思わない。
俺に出来るのは過去の話じゃなくて、これからの話だ。
俺はもうおっさんだから、デリアみたいな若い子にこれからどうするべきか、その道筋を示してあげることはできる。
まあ、上から目線で説教臭くならないように気をつける必要はあると思うけど。
「デリアはどうしたいんだ?」
とりあえず俺はこう尋ねてみる。
今、彼女が何を求めていて、どうしたいのかというのが一番大事だ。
別に王族が本当に嫌で逃げ出したいのなら、逃げ出してしまえばいい。
最悪俺たちの旅に同伴して、みんなと再開した後、あっちの大陸に渡航するのだって有りだ。
しかし本当にそれをデリアが求めるのなら、というのが重要だと思う。
「私は……やっぱり王族として責務を全うした方がいいと思う」
「それはデリアとしての意見なのか、王族としての意見なのか、どっちだ?」
そう尋ねると、彼女はハッと目を見開いて、考えるように俯いた。
しばらく彼女は思考を巡らせていたが、ちょっとづつ言葉を紡いでいく。
「それは……どちらもあると思う。結局、私は家族のことが嫌いじゃないんだ。父はずっと冷たかったし母も父の顔色を伺ってばかりだったし、腹違いの兄弟姉妹もみんな騙し合いながら過ごしているし、それが窮屈で嫌に感じることは多いけど、それでも私は家族が好きなんだと思う」
そうか。
その気持ちがあるのなら、俺にできることは限られてくる。
「分かった。それがデリアの本心なら、俺は円満に王城に戻れるよう手伝うことにするよ」
「……いいのか?」
「もちろん。ここは年の功にドンと頼ってみなさい」
俺が自分の胸を叩いて言うと、デリアはふふっと小さく笑った。
「それは頼りになるな。流石はおじさんだ」
「おじさんじゃないぞ……と言いたいが、年の功って言っちゃったからな……」
くそ、こんなトラップがあるとは。
おじさんと言われたら必ず否定してきたのに……。
何だかおじさんであることを認めたみたいで辛い。
「と、そろそろ見張りの交代の時間だな。もう休んでもいいぞ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
そしてデリアは寝て、しばらく経った後、ルインとナナを起こすと俺もすぐに眠りにつくのだった。




