第六十七話「少女たちの献身」
「なあ、どうして今更『基礎魔術学』なんて本を買ったんだ? もうニーナに必要だとは思えないけど」
カフェラテを淡々と飲んでいるニーナに俺はそう尋ねた。
こういったことはいくら一人で考えていたって意味がない。
ちゃんと話をして、コミュニケーションを取るのが大事なのだ。
俺の問いに、ニーナは少し思案した後、こう答えた。
「それは……思い出だから」
「思い出?」
「そう、思い出」
言葉少なにそれだけ言うと、ニーナはまた黙々とカフェラテを飲み始めた。
これ以上深く聞き出していいのか、正直判断に迷うな……。
普通ならこんな反応されれば、聞いてほしくないと察するだろう。
しかしニーナの場合は単純に必要以上の言葉を発さなかっただけの可能性もある。
別に無理に聞き出す必要もないのだが、直感的に仲を深めるためには聞いたほうがいい気がする。
だから俺は、迷った挙句、軽く聞いてみることにした。
「それって……どんな思い出なんだ?」
「お父さんとの思い出。これ書いたのお父さんだから」
なるほど、そういうことか。
この時の俺たちの旅の目的はみんなの故郷に行き、家族を探し出すことだった。
ずっとなんてことないフリをしていたが、やっぱり家族が恋しいのだろう。
「てか、ニーナのお父さんも魔法使いだったんだ」
「うん、凄い魔法使いだった」
少し興奮したように目をキラキラさせながらニーナは言った。
多分彼女は父親を尊敬して、魔法使いの道を選んだのだろう。
「ニーナはお父さんのことを尊敬してるんだな」
「お父さんは格好良かった。毎日、私に魔法を見せてくれた」
思い出すように、懐かしむように彼女は言う。
その表情を見て思わず胸が締め付けられた。
おそらく俺に迷惑をかけないように、ずっと強がって寂しさを紛らわしていたのだろうけど、結局みんな子供だし寂しくないわけがなかった。
みんなが俺に甘えてくるのも、構ってアピールをしてくるのも、結局全部寂しいからなのだ。
他人を信用しきれない中で、俺だけに信用を寄せられる。
そんな状況で甘えないわけない、当たり前だろう。
俺はもっとみんなに安心してもらえるように、寂しさを紛らわせてもらえるように、頑張ろうと心に決める。
「ニーナ、甘えたかったら甘えてもいいんだぞ」
思わず俺がそう言うと、ニーナは胡乱げな視線を俺に向けてきて冷たく言い放つ。
「何か今、物凄く気持ち悪い、アリゼさん」
「え……っ!? そんなわけが……」
まじか、そんな気持ち悪いか……?
ふと自分の先ほどのセリフを客観的に振り返って――。
「うん、確かに気持ち悪いわ」
「でしょ?」
つい気持ちが先走ってしまった。
良くない良くない。
そう反省していると、ボソッとニーナが言った。
「でもありがとう、アリゼさん。そう言ってくれて嬉しかった」
「そ、そうか……。それなら良かった」
唐突なデレに思わず動揺してしまう。
視線が泳いでいるのがまるわかりだろう。
それからしばらくの間、俺はみんなを甘やかせようと必死になって、結局空回りするんだけどね。
***
「とまあ、こんな話とかあったな」
そう話し終えると、デリアは何故かズビズビと鼻水をすすっていた。
「って、なんで泣いてるんだ……?」
「いやだって、アリゼのために寂しさをひた隠すなんて献身的じゃないか」
まあ確かに。
しかし懐かしい話を思い出したな。
少し気分が感傷的になる。
と思っていたが、いきなりデリアがバッと立ち上がると、拳を握りながら言った。
「もうそんな話をされたらニーナを救い出さないなんて、そんな選択肢を取れないじゃないか! 必ず彼女を私が王城から救い出してやるからな!」
……なんか俺よりもデリアのほうが感傷的になっていたので、気持ちが落ち着いてくる。
あるよね、自分よりヒートアップした人を見ると気分が冷めてくるってやつ。
「てかさ、なんでデリアは王族の人たちと喧嘩してるんだ?」
ふと気になってそう尋ねると、デリアは苦虫を嚙み潰したような表情になった。
しかし諦めたようにため息をつくとこう言った。
「ニーナとの思い出話も聞かせて貰ったし、結局王城に行くなら話したほうがいいだろうな。……仕方がない、私の過去の話もしようじゃないか」
そしてデリアの過去の話が始まるのだった。




