第六十四話「デリア救出大作戦」
「これはどこに向かってるの?」
淡々と前を歩くドーイに向かってルインがそう尋ねる。
すると彼は後ろを振り向かずに答えた。
「今から向かう場所は山賊のアジトだ。デリアはそこに幽閉されていると思う」
「なるほど。その借金取りは山賊たちと繋がっていたわけか……」
俺のつぶやきにドーイは頷く。
「ああ、そういうことだ。察しが良くて助かる」
やっぱりもともと借金取りの目的はデリアだったみたいだな。
彼女を攫うために、借金取りはわざとドーイに借金を負わせた。
このままだと、おそらくデリアは奴隷落ちにされてしまうのがオチだと思う。
淡々と言ったドーイの言葉には色々な感情が含まれている気がした。
不甲斐ない自分への憤り、彼女を巻き込んでしまった怒り。
俺は奴隷落ちされていた少女たちを思い出して、同じように沸々と怒りが湧いてきていた。
「早く助けに行かなきゃな」
俺が呟くと、みんな頷いてアジトまで急ぐのだった。
***
「うらぁああああああ! デリアはどこじゃあ!」
アジトにたどり着き、俺は啖呵を切って乗り込んだ。
森の中の洞窟だ。
中からゾロゾロと山賊が出てくる。
「なんだぁ、お前?」
先頭に立っている男が訝しげにこちらを見て言った。
それに対し、俺は堂々と胸を張って答える。
「俺はデリアを返しにもらいに来た!」
「はん。おっさんが俺らに勝てるとでも?」
おっさん、おっさんだとぉ……。
どいつもこいつもおっさんとか言いやがって。
俺が山賊の言葉に青筋を立てていると、後ろから震える声が聞こえてきた。
「真正面から突っ込むなんて聞いてないんだけど! ふざけるな、バカにもほどがあるだろ!」
ドーイだ。
そんな彼の言葉にルインが呆れたように返す。
「意外とアリゼさんって強引に物事を進めがちだから、仕方ないかな。まあそれでなんとかできちゃうから凄いんだけど」
ルインの言葉に続いてナナも元気よく言った。
「うん、アリゼさんに作戦とか求めちゃダメですね! 基本、力で何とかしちゃう人なので!」
二人の言葉を聞いて俺は思わずガックシと肩を落とした。
そ、そんなふうに思われていたのか……。
おっさんだとか言われるのと同じくらい落ち込むぞ、それ……。
「……はあ。それだったら俺一人で乗り込んだ方がうまく出来たのに」
落ち込んだように言うドーイ。
そんな彼の肩をポンポンと叩くと俺は言った。
「まあ気にしたら負けだ。もう事は動き出したんだ。この波に乗るしかないぞ」
「……アンタが言うな、アンタが」
なんか睨みつけられたが、俺はそれを無視して剣を鞘から引き抜く。
「ともかく囲んできてるやつらを蹴散らしてやるから、まあ見てなって」
俺に続いてルインも剣を引き抜き、ナナも杖を取り出し構えた。
二人ともかなり成長したからな。
特訓の成果を見せる時がようやく来たみたいだ。
「さあ、いくぞ二人とも!」
「「――はいっ!」」
こうして俺たちと山賊たちの戦いが幕を開けるのだった。
***
戦い始めること十分、俺の前に立っている山賊はいなくなっていた。
ルインとナナが強くなっていたというか、なりすぎていたというか……。
「流石にこれはやりすぎじゃないか……?」
俺は引き攣った笑みを浮かべてそう言った。
それを見ていたドーイはドン引きして、同じように頬を引き攣らせている。
そもそも俺が出る幕がなかったんだが。
あれだけ啖呵を切ったのに、出る幕がないとか残念過ぎる。
「これは……凄いな。圧倒的じゃないか……」
ドーイはポツリとそう呟く。
俺は震える声でこう言った。
「まあ倒せたなら良し! 早速デリアを助けに行こう!」
「あ、ああ、そうだな。無事だといいんだが……」
そして俺たちは慌てて洞窟内に入り、デリアを探した。
探すこと五分、彼女は洞窟奥の檻の中に入れられていた。
「……もしかしてドーイか?」
震える声でデリアは尋ねてきた。
目隠しされているから、こちらが見れないのだろう。
「ああ、助けに来たぞ」
ドーイはそう言うがそれだと説明不足なので俺は付け加えておいた。
「まあドーイは最初は助けるつもりはなかったみたいだけどね」
「なっ……!? おい、それは言う必要ないだろ!」
「すまんすまん。なんか恰好つけて助けに来たぞとか言ってるのを見てたら、ついな」
俺が対して謝罪の気持ちがこもってないように言うと、ドーイは反論してこようとした。
しかしそれに被せるようにデリアは大声で笑いだす。
「はははっ! そうだろうな、ドーイならそうすると思っていたぞ!」
「で、デリアまで……っ!」
「逆にドーイがいきり立って助けるぞなんて言ってたら心配するところだった」
デリアにまで言われて顔を真っ赤にするドーイ。
プルプルと彼は肩を震わせていたが、デリアは真剣な声音でこう続けた。
「ハッ、それで良かったんだよ、ドーイ。私のために君まで命を捨てだそうとする必要はない」
「だが……」
「自分では助けられない、そう計算して助けようとしなかったんだろ? それは君が正しい」
ドーイはしょんぼりしてしまった。
そんな様子を見れるわけでもないだろうが、デリアは優しく話しかける。
「君の美徳はちゃんとリスクとリターンの計算が出来るところだ。だからこそ私は君と一緒に居たんだ」
俺は檻に近づいて、剣でその鉄格子を切り裂いた。
そして中に入るとデリアの目隠しを取って手を差し出した。
「ありがとう、アリゼ。君がいなかったら私はとんでもないことになっていた」
そう言いながら彼女は俺の手を取って立ち上がる。
一瞬、フラッと倒れかけるが、俺は彼女の体を支えた。
「……情けないな、私も。こんなことで簡単に心が弱ってしまうなんてな」
でも、それでも――。
彼女は俺から離れ自分の足で立った。
足は震えていたが、それは彼女のプライドだ。
俺が手を貸す必要はない。
「……なに、辛気臭い空気になってるんだか。ほら、さっさと帰るぞ。いつまでも辛気臭い顔をしてるやつはこのくっさい洞窟内に置いてくからな」
彼女は強がってそう言うと、歩き出した。
俺たち四人は目を合わせると笑い合って彼女の後をついていくのだった。




