第六十三話「デリアの正体」
情報屋のおばさんから話を聞いた後、俺たちはひとまず宿を探した。
もう日も暮れかけていて、デリアに話に行くわけにもいかないからな。
そして適当な宿に一泊して、俺たちは次の日デリアたちの元に向かった。
聞き込みをしたらすぐにドーイの研究所の場所は分かった。
この街では有名な変態科学者ってことになっているらしい。
「失礼しまーす」
研究所の扉は鍵は閉まっていなかったので、俺たちは勝手に開けて中に入る。
すると中では二日酔いでダウンしているドーイがいた。
辺りに死ぬほどエールの瓶が転がっていて、死ぬほど飲んだみたいだった。
「おい、ドーイ。どうしたんだ、こんなに飲んだら流石に死ぬぞ」
「……ん? ああ、この間の旅人たちか」
トロンとした目でこちらを見てドーイは言った。
それからノソノソと起き上がると、ソファに座り直してため息をついた。
「何かあったんですか?」
心配そうにナナが尋ねる。
それにドーイは絞り出すように答えた。
「……デリアが連れていかれた。どうやら借金取りたちの目的は最初から彼女だったらしい」
俺たちはドーイの言葉に目を見開いた。
そして俺は彼に詰め寄ると低い声でこう言う。
「それで、アンタは何も行動を起こさずやけ酒をしていたと」
「……悪いかよ」
「いや? アンタがそれを悪いと思っていないなら、悪くはないんだろうな」
冷たくそう言い放った。
するとドーイは激昂したように立ち上がって俺を睨みつけてきた。
「俺だって抵抗したさ! でもどうしようもなかったんだ! こんなちっぽけな俺が借金取りに勝てるわけないだろ!」
ドーイはそう言った後、再びソファに座り直して、またため息を零す。
……どうしてか腹が立つ。
俺にとっては他人事だ。
わざわざ足を踏み入れる話題でもない。
でも――そういう問題じゃなかった。
俺も心残りになるだろうし、ドーイだって絶対に後悔しているはずだ。
本心ではどうにかしてデリアを助けたいと思っているはずだった。
ただの同情かもしれない。
でもここで見捨てて後悔するよりも、同情でもなんでも助けようと行動を起こすほうが絶対にいい。
だから俺は――。
「助けに行くぞ」
「……なんて言った?」
わざとらしく聞き返すドーイ。
俺はもう一度、ハッキリと言ってやった。
「助けに行くぞ、って言ったんだ」
「でも……相手は強力な護衛を雇ってるんだぞ?」
「それでも行くぞ。ドーイだって助けたいと思っているはずだ」
俺の言葉に視線を逸らすドーイ。
俺はドーイに続けてこう言った。
「場所はどこだ? 案内してくれ」
「……はあ。分かった、分かったよ。案内はするさ」
諦めたようにため息をつくと、ドーイは立ち上がって研究所の外に出るのだった。
***
――デリア視点――
これで良かったんだ。
私は目隠しされて真っ暗なまま、両手両足を縛られ転がされながらそう思った。
これは神が私に課した罰なのだ。
職務を放棄して自分の好きなように生きた罰。
私はただ自由に正直に、真っ当に生きたかっただけなのに。
第三王女という立場は私にとっては重たすぎた。
何不自由ない生活……なんて生易しいものではなかった。
王女としての品位を保つべく、私は過剰な英才教育を施された。
それに加え、王城内は嘘と欺瞞に塗れ、皆が皆、騙し合いながら暮らしていた。
自由に、そして正直に生きたかった私はそれに耐えきれず、逃げ出した。
そんな私に神は罰を与えたのだろう。
だから、私はこれを受け入れるしかない。
「おい、女。起きてるか?」
すると声が聞こえた。
野太い声だ。
私が黙っていると、男は勝手に話し出した。
「お前は三日後に奴隷商に売られることになってる。人間の奴隷商だ。エルフの美人は高く売れるからな、それでドーイの借金を返してもらう」
そうは言うが、ドーイの借金の半分はこいつらのせいじゃないか。
まあもう半分は確実にドーイ自身のせいなのだが。
おそらく私を手に入れることが目的の半分なのだろう。
その憶測はやっぱり当たっていたみたいで――。
「だが奴隷商に売り出す前に、俺たちのほうで楽しませてもらう。これはちゃんと奴隷商との契約の上だ」
彼はそれを言って私に命乞いをして欲しいと思っていたのだろう。
泣きながら媚びを売ってほしいと思っていたのだろう。
だが私はずっと黙っていたので、不服そうに舌打ちをすると彼は部屋から出て行った。
出て行った後、私は泣いた。
こんなんになるのだったら逃げださなければ良かった。
だがもう遅い。
こうなってしまったら誰も助けてはくれないだろう。
ドーイや昨日の人間たちが脳裏をよぎる。
……ドーイは絶対に助けてくれない。
彼には助けられるほどの力もないし、そもそもそんな勇気がない。
昨日の人間たちも間違いなく助けてくれないだろう。
だって彼らには私を助ける義理なんて全くない。
「ああ……嫌だなぁ、このまま死ぬの……」
思わず言葉がこぼれた。
そう呟いたその時、なぜか部屋の外が騒がしくなった。
耳を澄ませてみれば、どうやら誰かが襲撃してきたみたいだった。




