第六十一話「空を夢見る男」
「だったら、お前が狩ってこい。明日にはバーン・ウルフの毛皮が欲しいんだ」
ドーイは不遜にもそう言い放った。
だが俺たちがドーイのためにバーン・ウルフを狩ってくる義理もない。
俺は呆れたようにワザとらしくため息をつくと言った。
「どうして俺たちがわざわざそんなことをしなきゃいけないんだ。勝手に絡まれただけだぞ」
「グッ……だが明日中にバーン・ウルフの毛皮が必要なんだ」
切羽詰まったようにドーイは言った。
少し不思議に思った俺は尋ねてみることにする。
「どうしてそんなに毛皮が欲しいんだ? 明日何かあるのか?」
「あ、ああ……借金があるんでね……」
ドーイは視線を逸らしながらそんなことを言った。
思わずもう一度ため息が漏れた。
それだった自分で狩りに行けよと思ってしまう。
流石に他人の借金のために働くなんて馬鹿らしい。
そう思ったが、デリアが真剣そうな表情で頭を下げてきた。
「すまん。もう君たちには迷惑をかけてしまっている。これ以上お願いをするわけにもいかない」
そりゃそうだ。
ドーイは謝らず気まずそうに視線を逸らしているだけだが。
そんな時、ナナがドーイに尋ねた。
「あの! 本当に貴方は空を飛びたいのですか!?」
「……ん? ああ、そうだな。俺の夢は空を飛ぶことだ。あの大空を自由に駆け回ってみたいんだ」
「どうしてですか!?」
「どうして、か……。夢に理由なんてないよ、嬢ちゃん。ただ憧れがあるだけさ」
そう言うドーイの表情はとても少年じみていた。
汚れのない憧れにひたむきに向かっていく表情だ。
……ベアにどこか似ているな。
そう思った。
思ってしまった。
——その剣は誰が為に。
そうだよな、そうだった。
俺は思わずもう一度ため息をつくと言った。
「なあ、バーン・ウルフの毛皮を手に入れたら何をしてくれるんだ?」
言うとデリアとドーイは目を見開いてこちらを見た。
ルインとナナはそんな俺を見て微笑んでいる。
「……いいのか? 私たちは君たちに迷惑をかけてばかりなんだぞ?」
「だからこそ対価を要求するんじゃないか。何をしてくれるんだ、って」
その言葉を聞いたドーイはニッと少年らしい笑みを浮かべるとこう言った。
「それじゃあ俺の飛行船に一番最初に乗せてやろう! お前たちが最初の客だ!」
「……それじゃあ契約は成立だな。で、バーン・ウルフはどこにいるんだ?」
俺が尋ねるとデリアが街の外に歩き出した。
そして歩きながらこう言うのだった。
「とりあえず私についてこい。案内しよう」
***
どうやらバーン・ウルフは先ほどいた森の中にいるらしかった。
最初、デリアが森の中で倒れていたように見えたのは、別に倒れていたわけではなく、地面に耳を当てて足音を聞いていたのだという。
「てか、デリアが行くなら俺たちは必要ないんじゃないか?」
「いや、私もそこまで強くないからな。バーン・ウルフは命懸けになってしまう。その点、君たちは強そうだからな」
そうなのか……。
しかし何故あの男のためにするのだろう?
その疑問はルインも思ったのか、デリアに尋ねていた。
「……なんであの人にそこまでするの? 何か理由があるの?」
「別に理由なんてないよ。私はただ夢を追ってる彼を応援してたら面白そうだから、それだけさ」
なるほどな……。
なかなかこの人も酔狂らしい。
そして先ほどいた森に辿り着くと、デリアは地面に耳を当てた。
しばらくして、デリアは起き上がると言った。
「あっちの方で四足歩行の足音が聞こえるな。重量的にバーン・ウルフで間違いないだろう」
「……すごいな。なんでそんなことまで分かるんだ?」
俺が感心して言うと、デリアは少し視線を逸らして言った。
「この耳はエルフの中でも特別だからな。ともかく早く行こう。逃げられる前に」
何か話題を逸らされたみたいだが、逃げられたら元も子もないのは事実だ。
俺たちは急ぎながら、しかしバレないように足音の方に向かった。
その川ではバーン・ウルフが三匹水を飲んでいた。
どうやら俺たちはまだ気付かれていないらしい。
「……あいつらは動きが速くて、火の魔法を使ってくる。気をつけるんだぞ」
息を潜めてデリアが言った。
俺は彼女に戦闘には参加しなくていいと言ってある。
わざわざ被害者を作る必要もない。
俺は息を潜めて間合いを詰める。
一気に葬れる距離まで近づくと、背中の大剣を構えて、魔力を急激に高めると——。
斬ッ!!
思いきり踏み込んで大剣を振るった。
まず一匹目。
それから逃げ出そうとするバーン・ウルフの背中を追って二匹目。
さらにこちらに向かって魔法を使おうとしている奴を一刀両断して三匹目。
「よし……結構簡単だったな」
俺もあれからかなり特訓を重ねたしな。
なかなか腕も上がっているのではないだろうか。
魔力の操作も量も一段階上がっていた。
「…………は? え?」
困惑したような声が茂みの方から聞こえてくる。
そちらを見ると混乱して目をグルグル回しているデリアがいた。
「ふふん! アリゼさんは凄いんだから!」
何故かナナが自慢そうに胸を張って言った。
俺は恥ずかしくなってガリガリと頭をかくと、デリアに声を掛ける。
「それで……あと何匹分必要なんだ?」
「いや、これで十分すぎるくらいだ」
そうなのか。
これで十分ならそんな渋る必要もなかったなと、そう思うのだった。




