第五十二話「ナナとシークレットの秘密」
アリゼたちがBブロックで予選をしている頃。
ナナは一人で王都近くの草原まで来て魔力操作の特訓をしていた。
「うーん、なかなか上手になってきた気がする! これだったらそろそろ魔法の使い方も教えてくれないかなぁ?」
ナナとしては早くみんなと同じように魔法を使ってみたかった。
予選で戦っているルルネたちに憧れを抱いてしまったのだ。
「でも基礎は大事だよね! やっぱり焦らず魔力操作をしていかないと!」
そう胸のまで拳をギュッと握ったナナに声をかけてくる男がいた。
「お前……その魔力量、凄いな」
ナナが声のしたほうを振り向くと、その男はルルネを倒したシークレットと呼ばれる男だった。
少し警戒の視線を送るナナに、彼は優しい声音で話しかけてきた。
「なあ、おじさんの話を少し聞いてくれないか? なぁに、ただの与太話さ」
「……話? まあ、話を聞くくらいなら良いけど」
いまだ警戒心を解かないナナの横にシークレットは腰を下ろすと、話を始めた。
「俺の親——に近い人がいたんだけどな。彼は何も無かった俺たちに生きる意味と、困難に立ち向かっていく力を授けてくれた」
親、という言葉にピクリと反応するナナ。
母は少しヒステリックで周囲の目を気にしすぎるところがあるが、女手一つで自分を育ててくれて、自分を見捨てずに愛情を注いでくれている。
そのことはナナに十分に伝わってきていたし、そんな母親のことがナナは大好きで尊敬していた。
だからこそ、そう言ったシークレットの話に興味を持ったのだ。
「……どんな親だったの?」
ふと、ナナはそう尋ねていた。
それにシークレットは遠い目をして答えた。
「俺の親はな、とても厳しい人だったんだ。ミスをすれば怒られるし、ミスをしなくても怒られる。でも——親を失いただ人のものを盗んで暮らしていたような俺たちに家族を与えてくれた。生きる場所をくれた」
「俺たち?」
「ああ。俺以外にも三人子供がいてな、みんな個性的で衝突も多かったけど、みんなで支え合って生きていたんだ」
ナナは今まで一人だった。
今はアリゼたちがいるが、それでも同年代の友達はゼロだ。
だから支え合う仲間がいたということを聞いて羨ましく思った。
それと同時に、ナナはシークレットが悪い人に思えなくなっていた。
「俺は例え全てを敵に回そうとも、親の味方でいようと思った。彼がどんな過ちを犯そうとも、一緒にいようと思ったんだ。思っていたんだ……」
雲が太陽を隠し、草原に影が落ちる。
どこか辛そうに言うシークレットにナナは首を傾げた。
「……その親はどうなったの?」
「俺の親は死んだ。……正確に言えばまだ死んでいないが、ほぼ死んだと同義だ」
「…………え」
ナナはそれを聞いてショックを受けた。
完全に感情移入してしまっていたナナは何で彼がそんな不幸に合わなきゃならないのかと思った。
「でも……お嬢ちゃん。君の魔力があれば、俺の親は生き返られるかもしれない。また、俺は親と夢を叶える事ができるかもしれない」
自分の魔力は今まで役に立ってこなかった。
何の役にも立たず、逆に人に迷惑をかけていた。
でも、そう言われて、ナナはこんな自分でも人の役に立てるのではないかと思った。
こんな不要だった魔力でも、人の役に立てて、人を幸せにできるのではないかと思った。
「それは……私にしかできないの?」
「ああ、お嬢ちゃんの魔力でしかできない。お嬢ちゃんだけが頼りなんだ」
そう真摯に言ってくるシークレットに完全にナナの心は動かされていた。
自分が……何もできず、ただ叱られるだけだった自分が人の役に立てる。
そのことが嬉しかったのだ。
そのことが誇らしく思えたのだ。
だからナナは、こう言ってしまっていた。
「私は、どうすれば良いの?」
「今、儀式の準備をしているから、決勝トーナメントの日、またこの草原に来てくれるかな?」
「そうすれば私はあなたの役に立てる? おじさんの親を生き返らせられる?」
それにシークレットは頷いた。
ナナは思わず頬が緩む。
「分かった! じゃあ、決勝トーナメントの日、絶対この草原に来るから!」
「ありがとう、お嬢ちゃん。——ああ、それと。このことは誰にも話しちゃダメだよ?」
「え? なんで?」
「これは大規模な儀式だからね。使うことを知られると怒られちゃうんだ」
何も知らないナナはそれが本当のことだと思い、しっかりと頷いた。
「分かったよ、おじさん! 絶対に誰にも言わない!」
「頼んだよ。……それじゃあ、また会おう」
そしてシークレットはその場から消えた。
いきなり消えてナナはビックリしキョロキョロと辺りを見渡すが、もう彼の姿は何処にも無かった。
それから数分後、ナナを呼びにニーナがその草原にやってくるのだった。
「ナナ、何か良いことあった?」
「ううん! 何も無いよ! 何で?」
「だって何か嬉しそう」
ナナは頑張ってにやけ顔を抑えようとするが、それでも嬉しくて笑みが溢れてきてしまうのだった。




