第五十一話「Bブロックの予選が始まりました」
Aブロックの試合が終わった次の日、俺はBブロック予選の準備をしていた。
昨日の夜はナナの魔力操作の特訓をしていたのもあったが、ルルネが負けて落ち込んでいたのが気がかりであまり眠れなかった。
「さて、最初の敵は誰かな?」
俺は寝ぼけ眼をこすりながらトーナメント表を見る。
名前は――ルイ・アムシャッド。
それ以外の情報はないのでどんな相手かは分からないが、名前から察するにカニエ諸島国家の人だろうか?
カニエ諸島国家は大陸の最西端にある国家で、この鏡華大心国の真反対にある国だ。
文明レベルは大陸随一で、主に娯楽や漁業などが盛んである。
製本技術が優れている国でもあり、カリファ魔導国家の魔導書は大抵カニエ諸島国家で作られていた。
しばらく控え室で待っていると、ようやく俺の番がやってきたのかスタッフが呼びに来た。
「アリゼさん。お時間です!」
「ああ、今行く」
俺は貸し出された木剣を手に、ステージに上がった。
やはり観客席から見ているのとは緊張感がまるで違う。
ただのおっさんには、この注目度は幾分かキツいものがあった。
対峙するルイは、少し日に焼けた爽やかなおっさんだった。
しかもイケオジ風味のおっさん。
俺みたいな無精ひげの生えた小汚いおっさんとは訳が違う。
「さて、始まりました! 初戦はアリゼVSルイ! どちらもおっさんですが、果たして勝つのはどちらでしょうか!?」
おっさんは一言余計だろ、間違いなく。
相手のルイは苦笑いを浮かべて俺にこんなことを言ってきた。
「おっさんは余計ですよね。僕たちだってまだまだ若いことを見せつけてやりましょう!」
うーん、爽やか!
白い歯がキラリと輝いていた。
その様子を見ていた観客席の女の子はわぁああとかきゃああとか声援を浴びせる。
……やっぱりこいつ、俺の敵だ。
俺はこのルイってやつをボコボコにすることを心に誓いながら剣を握った。
「……お前だっておっさんだろ。若作りするなよ、恥ずかしい」
「ふむ、なかなか毒舌ですね! 僕は貴方とも仲良くしたいのに、悲しいな!」
そしてまたキラリと歯が輝いた。
くそっ……いちいちコンプレックスを刺激してくる男だ。
そんな会話をしていた俺たちに審判員が近づいてきて言った。
「そろそろ試合を始めてもよろしいでしょうか?」
俺とルイは同時に頷く。
それを確認した審判員は少し下がると、親指の上にコインをのせて弾いた。
クルクルとコインが宙を舞い、カツンと地面に落ちる。
その瞬間、勢いよくルイが俺のほうに飛び込んできた。
ルイは木剣を身体に密着させて、突きの体勢で駆けてくる。
俺はそれを避けると思わせて、剣の腹で彼の剣を逸らせ軌道を調整する。
「――なっ!?」
驚いた表情を見せるルイに、俺はニヤリと笑みを浮かべると右足で彼の足を払った。
剣のほうに注意が向いていた彼は、足を払われそうになっていた事に気がつかず、意図通りに転けそうになった。
その隙を逃す俺ではない。
転けようとして前のめりになったルイの首の裏に俺は木剣を軽く当て、そして――。
「しょ、勝者アリゼッ! やはり彼は『英雄の師匠』ということなのでしょうか!?」
一撃でルイは気絶し、俺の勝利が決まった。
何ともあっけない幕引きだった。
しかしやっぱり俺が『英雄の師匠』であることはバレてしまっていたらしい。
実況にそう叫ばれ、俺は恥ずかしくなって頭をかきながらステージを退場した。
それから数戦あったが、同じように軽々と勝利してしまい、その日の試合はあっという間に終わってしまった。
「お疲れ様です、アリゼさん!」
迎えに来てくれていたアーシャにそう言われ、俺は頷く。
「ありがとう。まあ疲れるほどではなかったけど」
「流石に予選でアリゼさんに勝てる人は居ませんよ」
そんなものか。
もっと白熱した試合をしたいと思っていたが、それは決勝トーナメントまでお預けだな。
シークレットは絶対に倒さないといけないとして、アカネやアーシャたちにも勝ちたい。
「この後は、どうするんですか、アリゼさん?」
「ああ、俺はいつも通りナナちゃんのところに行って魔力操作を教えてから、ルルネと気分転換でもしに行こうかなって」
「良いですね。もうニーナがナナちゃんのところに行っていると思いますが」
そうして俺は分かれ道でアーシャと別れると、ナナの家に向かった。
ちなみにアーシャはDブロックの予選に向けて少し自主特訓をするらしい。
ナナちゃんの家に辿り着いた俺が玄関を開けて中に入ると、言われた通り既にニーナが彼女の特訓を見ているいるところだった。
「どうだ、ナナちゃんの様子は?」
俺が尋ねるとニーナが答えた。
「かなり進んできた。もう暴発とかはしないと思う」
「それなら良かった。じゃあ後は、魔法が使えるようになれば完璧だな」
「そう。でも魔法を使うとなると、今度は威力調整が難しいかも」
確かにここまで魔力量があると、魔法を使うのも一苦労しそうだ。
そんなことを思いながら、俺は夕方までナナちゃんの特訓に付き合うのだった。




