第四十七話「Aブロック準決勝」
さて、次の日になり、俺たちは再びルルネの試合を見に会場にやってきていた。
「流石にルルネのブロック優勝は確定でしょうね−!」
「今までの試合を見てきても、ルルネに敵う相手はいなさそうだよな」
アカネの言葉に俺は頷きながら答える。
「でもなんか一人だけ不気味そうな人いませんでした?」
アーシャは思い出したようにそう聞いてきた。
確かに一人だけいたな、変なヤツが。
そいつの名前は何だったっけ……。
俺が思い出そうとしていたらミーナが口を開いた。
「シークレット。あれはまだ本気を出してない」
「ああ、そうだ、そんな名前だったな。謎な男だよなぁ……男かどうかも分からんけど」
シークレットと名乗っている人物は俺たちと同じように上着のフードを深々と被っている。
それに服装もダボダボしているから、男性か女性かも分からない。
「シークレットって名前、絶対に偽名ですよね! 卑怯ですよ、偽名なんて!」
ミアは怒ったように頬を膨らませながらそう言う。
君たちも全員偽名じゃないかというツッコミは後にして。
「間違いなく偽名だな。ってことは名前を隠さないといけない事情でもあるのか」
「そうですね。少し注意しておいた方が良さげかもしれません」
俺の言葉にアーシャは真面目な表情で頷いて言った。
「とと、そろそろ試合が始まるぞ。初戦は——ルルネの試合だな」
そんな会話をしていると、試合が始まろうとしていた。
ルルネが対峙している相手はシークレットではなさそうだ。
シークレットとの対決は決勝戦までお預けらしい。
ルルネの相手はバイスという聖サンタアリア王国の聖騎士団団長らしい。
やはりここまで勝ち上がってきただけあって、それなりの猛者そうだ。
「どうぞ、よろしくお願いする」
バイスはルルネに丁寧にお辞儀をしながら言った。
ルルネはそれに虚を突かれたような表情をするが慌ててお辞儀を返した。
「あ、お、お願いするわ」
「……貴殿はそれなりに強いらしい。しかし、私にも負けられない理由があるのでな」
「その理由は聞いても……?」
ルルネが尋ねると、バイスはポツリポツリと語り出す。
「私には契りを交わした婚約者がいてな。その結婚式が二ヶ月後に控えているのだ。彼女との最初で最後の結婚式は思い出に残るものにしたい」
だからアクアヴィーナスが必要なのだ――と彼は語った。
くっ……四十近くにもなって結婚どころか婚約のこの字もない俺って一体……。
バイスの言葉を聞いて思わず落ち込む俺。
ルルネはそんな彼に不敵な笑みを浮かべた。
「だからって手加減はしないわよ? 私だってアクアヴィーナスを渡したい相手がいるのだから」
「無論。これは正々堂々と勝ち上がって手に入れるから価値があるのだ」
ルルネの渡したい相手って誰だろう?
彼女ももう大人だしな、恋仲の相手くらいいるのかもしれない。
そのことに再び落ち込んでいると、審判員が声を上げた。
「それでは、そろそろ試合を始めたいと思います! 両者とも準備は良いですか?」
審判員の言葉に二人は頷いて、コインがトスされる。
――カツン。
しかしその音が鳴っても、二人は相手の様子を伺うだけでいきなり距離を詰めたりしない。
間合いを取りながら、相手の出方や感覚を掴もうとしているのだ。
「……やっぱりバイスって人、それなりに強そうですね」
ポツリと言ったアカネの言葉に俺も頷く。
流石は聖騎士団団長だ。
それなりに死地をくぐり抜けてきたのだろう。
最初に攻撃を仕掛けたのはルルネだった。
おそらく得意の得物ではないから、情報を取られ続けると不利になると思ったのだろう。
ダンッと地面を蹴り上げ、距離を詰める。
一瞬で距離を詰めると右斜め下から左上にかけて斬り上げていく。
「くっ……!」
バイスはその速度に苦しそうな声を上げるが、何とか避けることに成功した。
しかしルルネは振り上げた勢いを殺さないまま一回転し、もう一度横に一閃する。
バイスはそれを自分の木剣で受けるが、勢いよく飛ばされた。
壁にぶつかり粉塵を上げるバイスだが、手応えはなかったのかルルネは警戒を解かなかった。
「……なかなかやるな。流石は準決勝まで上がってきただけはある」
案の定粉塵の中から立ち上がってくるバイス。
パンパンッと自分の鎧についた塵を払うと、再び剣を構えた。
「今度はこちらから行かせてもらう――ッ!」
そう言ってバイスはもの凄い速度でルルネに接近した。
彼女の速度より幾分か速い。
おそらくバイスは魔力効率がかなり上手いのだろう。
しかしルルネは表情を変えず、冷静にその剣の勢いを自分の剣で流していく。
受けるとき、しっかりと剣身の角度を変えているのだ。
ルルネは針の糸を通すような正確さでバイスの攻撃を流し躱す。
「流石はルルネです。短剣使いの本領が発揮されてますね」
冷静な分析をするアーシャ。
確かにこの動きは短剣に近い動きだ。
攻撃が通らない事を悟ったバイスはチッと舌打ちをするとバックステップで距離を取った。
「ふむ……これはなかなか……度しがたい相手ですな」
「そろそろ決着をつけるわよ。――魔力を上限まで使うから、頑張って耐えてみせなさい」
瞬間、ルルネは魔力を規定値の上限まで使用する。
どうやら彼女は今まで手加減をしていたらしい。
まあルルネが本気を出してしまったら相手を殺してしまうかもしれないからな。
このバイスは本気を出しても死なないと分かったから、本気を出すことにしたのだろう。
急にルルネの雰囲気が変わり、バイスは冷や汗を流す。
その汗がたらりと地面に落ちたとき、ルルネは地面を蹴って高速でバイスに近づくのだった。




