第四十話「アカネと酒場に行きました」
マスターリッチと対峙した俺たちは剣を取り出し、召喚されたゾンビたちを斬り刻んでいく。
「ぎゃぁあああああああああ!」
……相変わらずアカネは叫び声をあげていたが。
ゾンビ自体はそこまで強くないけど、なにせ数が多い。
アカネはビビって使い物にならなそうだし、ボスは俺が倒しに行くしかなさそうだ。
押し寄せてくるゾンビの波を押し返しながらマスターリッチに近づいていく。
しかし押し返したと思ったら、また押し寄せてきて暖簾に腕押しみたいだ。
どうにかならないものかね……。
もちろん『限界突破』とかを使えば余裕で勝てるが、あれは命すらも危険に晒すものだ。
そう簡単には使いたくないしなぁ……。
チラリとアカネの方を見ると、さっきと同じように叫びながら剣をブンブン振り回している。
襲ってくるゾンビたちはそれで倒せているが、ずっと同じ場所にいるので前に進んでいない。
「アリゼさぁあああああん! どこですかぁあああああ!」
泣きそうな声で叫んでいる。
俺は思わずやれやれと首を振りながら何とかアカネの方に近づいた。
「ほら、アカネ。こっちだ」
「うわぁああ! アリゼさんのゾンビっ!?」
俺を見てそう叫んだアカネの額にチョップをかます。
誰がゾンビやねん、誰が。
チョップされ彼女はようやく気を取り戻す。
「……はっ!? 私は一体何を!?」
「アカネ、向こうまで道を作ることはできるか? ほら、あのマスターリッチまで」
俺が尋ねると彼女はほの暗く笑って言った。
「もちろんです、アリゼさん。あいつがゾンビを作ってるんですよね?」
「あ、ああ。そうだと思うが……」
「うるぅぁああああああ! このやろっ! お前は私が絶対に許さんっ!」
俺の言葉を聞くや否や、彼女はそう叫びながら突進していった。
おお、凄い突破力だ。
俺とは比べものにならないくらいドンドンと先へ先へと進んでいく。
まあ俺は技量派なので突破力で勝てないのは仕方がないのだろう。
そしてとうとう俺たちはマスターリッチの前までたどり着いた。
奴は俺たちが来たことに相当慌てているようだった。
カタカタと骨を鳴らし威嚇しているが、そんなのはもうアカネには効かない。
「お前たちのせいでぇえええええ! わたしぁあああああああ!」
そう叫びながら剣を思い切り振るい、マスターリッチをボコボコにしていくアカネ。
「アリゼさんの前で情けない姿を見せちゃっただろうがぁああああああああ!」
どうやらそれが本音らしい。
うんうん、見栄を張りたかった気持ちはよく分かるぞ。
成長した姿を見て欲しかったんだよな。
俺はどこか優しい心持ちになりながら、勝手に一人頷いていた。
このまま何もしなくてもアカネが全部倒してくれそうだからな。
そしてその通りになり、マスターリッチは倒される。
ダンジョンを攻略しきった俺たちは、誰もいなくなったボス部屋でいうのだった。
「疲れたな……。帰るか……」
「……そうですね。とても疲れました」
***
街に戻ってきた俺たちは、まだ日が沈みきっていなかったので酒場に寄った。
「では、再会とダンジョン攻略を祝して——乾杯!」
「かんぱぁあああい!」
そして俺は冷えたビールを喉に流し込む。
くぅう、やっぱりダンジョン終わりのビールは最高だよな!
アカネも美味しそうにビールを飲んでいる。
「しかしアカネももうお酒が飲める歳かぁ……」
「確かに10年前はまだお酒が飲めない歳でしたもんね」
「10年ってやっぱり長いよなぁ」
思わずしみじみと言ってしまった俺に、アカネは微笑んで頷いた。
「こうしてアカネとお酒を一緒に飲めて俺は嬉しいよ」
「……アリゼさん。昔もアリゼさんと飲んでましたけどね」
あれ? そうだっけ?
……そうだった気も、そうじゃなかった気もするが。
「ともかく! 俺は久しぶりにアカネにも会えてすごく嬉しいよ」
「はいっ! 私もとても嬉しいです!」
そう言いながら、アカネの頭の後ろで結ばれたポニーテールが左右に揺れる。
嬉しい時、いつも彼女のポニーテールが揺れるのは変わらないらしい。
それからしばらく飲み続けていると、アカネがベロンベロンに酔っ払った。
意外と彼女は弱いらしい。
「アリゼさんッ!!」
「はいっ! なんでしょう!」
いきなり大声で呼ばれ、俺は勢いよく返事を返す。
すると彼女は反対側の俺が座っているところまで来て、膝の上に乗ってくる。
おも……くはないが、前が見えなくなった。
そしてくるりとこちらを向いて、対面する。
彼女の勝気な、美しい顔が目の前いっぱいに広がった。
「アリゼさん! わたっ、私とキスでもしてくれていいんですよ!」
「酔っ払いすぎだ、お前。少しは冷静になれ」
「むぅ! 私は至って冷静です! 平常運転です!」
「酔っ払いはみんなそう言うんだ」
そして引っ付いてこようとするアカネを引き剥がそうとするが、力が強くて難しい。
マズい気がする……。
そのまま彼女の目が閉じ、顔が近づいてくる。
ヤバいヤバい!
そう思って俺は逃げようとするが、彼女の頭は突然ガクッとなる。
——ん? ああ、アカネは寝ちゃってただけか。
助かった……。
そう思いながら、俺は彼女を背負って宿に戻るのだった。




