第三十八話「迷子の女の子と串焼きを食べました」
アーシャは迷いなくその泣いている女の子に近づくとしゃがんで尋ねた。
「もしかして迷子ですか?」
彼女はその言葉に顔を上げると、アーシャに抱き着いて余計に泣いた。
「うわぁああああああん!」
「……やっぱり迷子みたいですね。アリゼさん、親御さんを探してあげましょう」
その少女は10歳前後くらいだろう。
流石にそんな子を放置するわけにもいかないし、俺は頷いて言った。
「ああ、そうだな。でも焦っても仕方がないし、彼女にも落ち着いて貰わないといけないからな」
俺はそう言って少女の頭を撫でると、出来るだけ優しい声で尋ねてみる。
「お腹は空いてるか? 何か食べたいとかないか?」
彼女は俺のほうをチラリと見て、がっしりアーシャに抱き着くと小さい声で言った。
「知らないおじさんについていっちゃダメだってママが言ってた」
「……ふふっ、アリゼさんは信用されてないみたいですね」
少女の言葉に思わずショックを受ける。
知らないおじさん……。
確かに間違いではないけどさぁ……やっぱり直接言われるとショックだ。
アーシャは少女に視線を合わせると、優しい声で言った。
「お名前はなんて言うのですか?」
「……私はネネ。お姉ちゃんは?」
「私はアーシャです。――ネネちゃん、あのおじさんは優しい人だから大丈夫ですよ」
その言葉にネネちゃんはもう一度俺を見て、アーシャに視線を戻すと首を傾げた。
「ほんと?」
「ええ、本当です」
アーシャはにこりと笑って言った。
それを聞いたネネちゃんは何故かむすっとした表情をして、ボソッと言う。
「お肉。お肉が食べたい」
「ふふっ、ネネちゃんはお肉が食べたいのですね。分かりました、一緒に串焼きを食べましょうか」
アーシャの言葉にネネちゃんは小さく頷く。
そしてアーシャは立ち上がりネネちゃんと手を繋ぐと、俺に向かって言った。
「アリゼさんもそれでいいですか?」
「ああ、問題ないぞ。俺もお肉を食べたいと思ってたんだ」
そう言うとアーシャは吹き出すように笑って、ネネちゃんに言った。
「ネネちゃん、あの人みたいに嘘つきになっちゃいけませんよ?」
「おじさん、嘘つきなの?」
「そうみたいですね。さっきはパスタを食べたいと言ってましたから」
アーシャの言葉に俺は思わず口元を引き攣らせる。
なんてことを言ってくれるんだ……!
ネネちゃんはそれを聞いて俺に純粋そうな瞳を向けると言った。
「やっぱりおじさんは悪いおじさん?」
「ぐっ……お、俺は悪いお兄さんじゃないぞ。良いお兄さんだ」
純粋な瞳で見つめられ、震える声で俺は言った。
そんな俺の言葉にアーシャは笑いを堪えるので必死だ。
……くそう、後で覚えておけよ。
アーシャは昔から意外と茶目っ気があったからな。
でなきゃ、再会時にメイド服で現れたりはしないだろうし。
「ともかく、串焼きを買いに行きましょう。アリゼさんは串焼きが食べたいみたいなので」
プルプル震えながらアーシャは言った。
しかしそのやり取りがまだ分からないネネちゃんは元気いっぱいに言った。
「うん! 串焼き食べたい!」
もう彼女は泣き止んで、どこか楽しそうだ。
そして俺たちは街を歩き、串焼きの屋台を探す。
俺とアーシャの間にネネちゃんがいて、嬉しそうに手を繋いでいる。
……俺とは頑なにつないでくれなかったが。
しかし――ぱっと見、幸せそうな家族にも見えなくないよな。
まあ俺はアラフォーのおじさんなのに対し、アーシャは二十代後半だから歳の差が酷いけど。
しばらく歩くと肉の焼けるいい匂いがして、串焼き屋が見つかる。
ネネちゃんはそれを見ると目をキラキラさせて言った。
「串焼き屋!」
「そうですね。早速買ってきましょうか」
アーシャはネネちゃんの言葉に微笑むと、手を離して行ってしまった。
残された俺とネネちゃん。
彼女は俺のほうをじっと見ると、首を傾げてとんでもないことを聞いてきた。
「おじさん、もしかしてヒモってやつ?」
「……違うととも言えないけどさぁ。ネネちゃん、もう少し言葉を選ぼうか?」
思わず頬を引き攣らせながら俺は言った。
どこでそんな悪い言葉を覚えてきたんだ、この子は。
「やっぱり悪いおじさんなんじゃん」
「……ああもう、悪いおじさんでいいよ。俺は悪いおじさんです」
もうやけっぱちになって言うと、ネネちゃんは笑い出した。
……もしかして俺、十歳の女の子に揶揄われてる?
そんなところにアーシャが三本串焼きを持って帰ってきて、首を傾げた。
「どうしましたか?」
その問いにネネちゃんは串焼きを手に取りながら答えた。
「ううん! 何でもない!」
「そうですか。――とりあえずアリゼさんもどうぞ」
「あ、ああ。ありがとう」
そして俺たちは串焼きを食べ歩きながら街を適当に歩く。
親御さんを探すと言っても当てはないからな。
適当に歩いて、遭遇するのを待つしかないだろう。
そして一時間ほど歩き、ようやくこちらに慌てたように寄ってくる女性が見えた。
「ネネっ!」
「あっ、お母さんだ」
駆け寄ってくる女性は、息を切らしながらも俺たちを見て聞いてきた。
「もしかしてお二人はネネを助けてくれたのですか?」
「まあ、そうなりますね。――良かったね、ネネちゃん。お母さんが見つかって」
「うん! ありがとう、アーシャお姉ちゃん!」
それを聞いたお母さんは目を見開いてこう尋ねてくる。
「アーシャさん……? もしかして英雄の一人、アーシャ様ですか?」
そう聞かれアーシャはにっこりと微笑むと、悪戯そうにこう言うのだった。
「さて、どうでしょうね」




