第二十八話「やさしさに包まれたなら」
俺は魔力の減少とかを気にせずに思いきり筋力強化を使う。
魔力量なら間違いなくベアの方が多い。
だから力でゴリ押して短期決戦に持ち込むしかないと思っていた。
だが――そんな簡単に終わらせてくれる相手ではない。
「ふっ」
短い息とともにベアは老体とは思えない鋭い斬撃を繰り出してくる。
俺はそれを何とか避けながら隙を窺うが、そんなものはもちろん一切ない。
どこで攻撃を差し込もうとも反撃される未来しか見えなかった。
「避けてばかりだな、アリゼ! これじゃあ小僧だった頃と変わらんぞ!」
昔、彼女とは何度も剣を交わし特訓して貰っていた。
そのときもこうして、ベアの攻撃を何とか避けることしかできなかったのだ。
「俺だって……成長していることを教えてやる!」
俺はさらに一時的に魔力を脚力に集中させ、背後に回る。
これは俺が今出来る全速力だ。
おそらく彼女からすれば、一瞬で目の前から消えたように見えただろう。
しかし――。
ガツンと背後で振るった剣は簡単に防がれてしまう。
ベアは空ぶった勢いのまま半回転し、俺の剣を止めたのだ。
「くっ……!」
「ふんっ! 愚直が過ぎるぞ、アリゼ!」
そのやり取りを眺めていた野次馬たちは好き勝手に歓声を上げる。
「すげぇ……なんだあの速度」
「でもあれを止めたベアトリクス様も負けてないぞ!」
「異次元すぎるやり取りだ……!」
だがそんな歓声すらも高ぶった集中力の中では聞こえてこない。
研ぎ澄まされた意識でベアしか――彼女の一挙手一投足しか見えていなかった。
剣と剣が擦れ合い、バチバチと火花を散らす。
一瞬にして腕力に魔力を集中させるが拮抗状態だ。
このままでは埒が明かないと思った俺は、バックステップでいったん距離を取った。
「成長はしているが、まだまだ甘いな、アリゼ」
「くっ……老いてもそこまで強いなんて反則だろベア」
会話をしながら息を整える。
真正面からぶつかっても絶対に勝てないことは分かった。
だとすれば、俺は彼女の隙を無理やり作るしかない。
そうと決まったら俺は短く息を吐いて、脚力に魔力を通し飛び出す。
「はあっ!」
「ふんっ! 愚直な!」
俺の攻撃は当たり前のように受け止められる。
が――そこで俺は刃の角度を少しずらし、ベアの剣が滑っていくように仕向けた。
一瞬、ベアは体勢を崩した。
すぐにその体幹によって持ち直すが。
その一瞬の隙があれば十分だった。
「はあぁあああああああ!」
俺はベアの剣に沿うように斬り上げていく。
ガリガリと刃と刃が擦れ、大きな火花が散っていく。
「なっ……!?」
ベアが驚愕する表情が見えた。
しかし流石はSSランクとさえ呼ばれた伝説の女性だ。
体勢を崩した状態で、不意を突いたにも関わらず、その剣に反応しようとしていた。
「だが……俺の勝ちだぁあああああああ!」
そう叫びながら彼女の纏っていた鎧に思いきり剣を叩きつける。
一拍置き。
ドゴォンという衝撃音とともにベアは吹き飛ばされた。
訓練場の壁に叩きつけられて、彼女はガラガラと瓦礫の中に埋もれていった。
次の瞬間には鐘が鳴って、俺の勝利が決まったらしい。
「うぉおおおおお! やべぇ、ベアトリクス様に勝ったぞ!」
「流石は英雄の師匠だ! マジ強かった!」
「これは熱すぎる! 興奮が冷めきらねぇぜ!」
ようやく意識がすうっと冷めていき、周囲の様子が目に入ってくる。
野次馬たちは興奮冷めやらぬ状況と言った感じで叫んでいた。
ベアは瓦礫を押しのけながら起き上がると、パンパンッと鎧を叩いて言った。
「……私の負けだな」
「もう二度と勝てる気はしないけどね」
その俺の言葉にふっとベアは笑みを零す。
「戦いに二度はないのさ。……立派に成長したな、アリゼ」
その短い言葉にはこれまでの全ての歴史や想いが込められている気がして、思わず目頭が熱くなる。
涙が零れてこないように上を向きながら、しかしそれでも零れてくる涙を袖で拭いて俺は言った。
「ああ、今まで育ててくれてありがとう、ベア」
震える声でそう言ったら、ベアも同様に涙を浮かべながら近づいてくる。
そして俺の頭を叩きながら叱るように言った。
「おい、もう大人なんだろ、お前は。泣くな、こんなことで」
「……泣いてなんかない」
この言葉は昔、ベアに叱られたときとか、魔物が怖かったときとか、よく言ったものだった。
俺はやっぱり昔から変わってないんだなと気が付いて、胸に来る。
そんな涙をこらえきれない俺を、ベアはいつものように抱きしめてきた。
「そうだな。お前の涙が見えるのは私だけだったな。……存分に泣くと良い」
その言葉も昔によく泣いていたときに言われていた言葉だった。
俺はベアの胸を借りて、みんなの前で存分に泣くのだった。
***
「はい、これがSランク冒険者のカードです」
申請は無事通り、俺は晴れてSランク冒険者となった。
ルルネもミアも嬉しそうにしてくれた。
「やりましたね! アリゼさん!」
「とうとうアリゼさんもSランク冒険者ですか。流石ですね」
なんか微笑ましいものを見る目で見てくる彼女たちに気まずくなりながら、俺は頭をかく。
先ほどの号泣を見られてたと思うとやっぱり恥ずかしい。
「ふふっ! さっきのアリゼさん、可愛かったですね!」
ミアにそう言われ、俺は思わずうわぁあああと頭を抱えてしまった。
ルルネも微笑を浮かべながら、ミアの頭を叩いた。
「ミア、そういうことを本人に言ってはいけません。……まあ、可愛かったのは事実ですが」
さらにとどめを刺してくるルルネ。
俺の心がズタボロになったところでギルド本部の扉が思いきり開かれた。
そして入ってきた女性は、こんなことを言うのだった。
「アリゼ様! ルルネ様とミア様も! 私はニーサリス共和国の第一王女、クリスティーナ・ニーサリスですわ! ぜひ今日の誕生会に来て頂きたく、こうしてやってきたのですわ!」




